ホームズ家の姉妹

 室内の調度品はホームズとしては珍しく整然と並んでいた。しかし探偵の本能は細かな表現にかまけている暇はなかった。

 妹は長椅子に座らせ、自分は隣の部屋で手早く着替えてヒゲを剃り、寂しくなった髪にはカツラをかぶして、くしを通してできあがり。

「――エリザベス」

 ホームズはよそゆきの声と顔をした。壁に手をつき、パジェットの挿し絵そっくりとなった。

 ヴィクトリア朝の女たちがすっかり騙されこぞってストランド誌を買い込んだ例の姿である。

 顔の悪さを化粧でごまかし、靴の中には実は六フィートに全然足らない背を靴下や馬蹄などつめこんで足して、老若男女をたらしこんできた技術の結晶である。

「お兄ちゃん」

 これは説明が必要だが、英語圏の人間は兄弟をたいてい名前のほうで呼ぶからして、実際にはシャーロックといったのだ。

 ものも言わずに顔を近づけた。

「何をするの?」

「いや、ベス。事件の匂いがするよ」クンクンと髪の匂いをかぐ。「さては今朝がたオレンジを食べたね」

「すごいわ! なんでわかったの!」

 つかんだ髪の毛をぺろぺろと舐められているとも知らず、妹は喜んだ。

 ホームズはその反応を脳内の備忘録に書き入れた。

「さあベス。椅子に寝転んで」

 長椅子とはそのためにあった。いつでも励める。床でもエンジョイできる。

 ベスは不思議そうにしながらも従った。「お兄ちゃん。目が怖いわ」

「鋭利な刃物と呼んでくれ」

「とっても細いわ」

「下はそうでもないよ」ホームズは脇を向いてくっと笑った。「ワトソン博士の火掻き棒とは比べ物にならない」

「ズッキーニだったわよ」ベスはぽっと顔を赤らめた。「ワトソン博士って、とっても素敵な方ね」

 これは聞き捨てならない。

「ど、どこがかね」

「だって。その」

 もじもじとスカートの下にある細い脚を擦り合わせる。探偵の透視力はすさまじかった。

「濡れているのか!」

 あらたな特殊能力は四女ができてから会得した。

「胸が熱いの。この三ヶ月、ワトソン博士と彼のズッキーニのことが頭から離れないの」妹は手を口元にやり、恥じらって顔をそむけた。

「暖炉の火種は消したはずだ……なんたることだ……」ホームズは脱がしかけていた妹のオベベを着せた。

「お兄ちゃん。どうしよう。ワトソン博士はまだ既婚者よ」

「うむ……」ホームズはがっかりしたが、冷静さを取り戻した。「問題はそれだけではない。おまえも気づいているだろうが、ワトソン博士は赤毛同盟に入るつもりなのだ」

 いや、それほど冷静ではなかった。

「赤毛連盟よ、お兄ちゃん」

 こちらはさらに、どうでもよかった。
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