ホームズ家の姉妹

「ご苦労、レストレード警部。裁判後はちゃんと引き取るから、できればお目こぼししてやってください」

「いえ、未遂とはいえ婦女暴行罪。ホームズ先生ならあり得んことではないでしょうな。なんせ捜査と騙ってたらしこんだ男や女が星の数。よく知らせてくれました」

 妹だ、それは妹だ! という声は無視された。

 警察官二人に脇を抱えられたホームズの叫び声は、路上の罵声に掻き消された。石やら酒瓶が飛んでくる。

「あいつのせいで俺のちゃちな盗みが見つかったんだ!」

「そうとも。いちいち市民の生活に干渉しやがってこのドブネズミ!」

「あんたの実験薬の臭いのせいで、ちっとも仕事にならないわ! 商売あがったりよ!」

「毎日こきつかわれてコカインの世話までしてやって、妹には手を出すなだと! 万年二番手の気分を思いしれ!」

 最後はワトソンの声によく似ていた。ホームズは悲しげな鼻歌と共に四輪馬車に揺られ、静かに退場した。

「ふう。邪魔者は消えた。ふふふ」

 ワトソンはいそいそと下宿先の部屋にもどった。

 ホームズの妹たちは「おかえりなさい、ワトソン先生」と合唱した。

「これだよ……私に必要なのはこれなんだよ!」

 すべてが華やかな潤いに満ちていた。兄の行く末を気にしているのはベスだけだった。

「お兄ちゃん……」ぐすん、とスカートの端を握りしめ、いじらしく窓の外を見ている。

 ワトソンは少し罪悪感にかられた。

 名探偵は荷馬車に揺られてわりとすぐ帰ってきた。髭はぼうぼうだが頭の毛は前より薄い。壊れたヴァイオリンでドナドナを弾いている。

「強制収容所で三ヶ月も働かされたぞ。どうしてくれる。私の輝かしいキャリアを……」

「やあ名探偵。あっちの探索もしてもらったのか!」街の人間の目は相変わらず冷たかった。

「そっちの探索の罪で捕まったんだろ!」うひゃひゃと笑って指を指される。

「みろ。笑われてるのは君もだぞ、ワトソン」

「わかってないな。ホームズ」ワトソンはちっちっといった。

「君の恋愛偏差値の低さは驚くべきものだ。一年の依頼人が三百六十五人と仮定して、そのうち半分は女性だろう。誰ともどうにもなれないなんて、男しか相手にされてない証拠だ。今さら誰も驚かない」

 ホームズは驚いた。偏差値などという難しい単語が、ワトソンの口から出たからではない。一年が三百六十五日であると、日付に弱いワトソンが知っていたからだ。

 ワトソンはにやりと笑った。

「三百六十六日が四年に一回くることも最近の研究で理解した。偉いだろう!」

「偉い。偉いぞ」ホームズは空気を読んだ。「よし、このスコーンをやろう。で、妹たちはどうした」

「可愛い可愛い私のマドモアゼルたちも、部屋で君を待っているさ!」

「嫌な予感がするが、よし、入ろう」

「お兄さま!」メグは兄に泣きついた。

「兄貴!」ジョーは兄を殴った。

「お兄ちゃん!」ベスは兄に微笑んだ。

「兄さん」エイミーは鼻で笑った。

「弟よ!」マイクロフトは十ポンド肥えていた。

 全員になめるように抱きつかれ、ホームズは中心であえいだ。「やっ、やめっ。あ。いや」

「家族愛ね……」ハドソン夫人はワトソンの襟足で涙を拭いて階下にもどった。

「ひとり大きい人が尻を揉んでいるけど、あれは誰だっけ」ワトソンの健忘症は健在だった。「農場関係者かな」

「ワトソン! ワトソン君! 火掻き棒で助けたまえ」ホームズは手を振った。「ばか、そっちじゃない。本物の火掻き棒だ」

 マイクロフトが少し考えて前をごそごそとやりだした。

「助けになるとは思えんが……妹たちに股間のパイプをくわえさせて捕まるくらい飢えていたなら、味見させてやらんことも……」

「自分こそホンモノと自負しているのか。やりますな、ホームズさん」

「ワトソン、頼む。対抗しようとして私の目の前で揺らすな」

「飛ばしっこでは負けませんぞ、ワトソン博士」

 気持ち悪い、と四女がつぶやいたのがまずかった。興奮した二人の露出狂は顔を真っ赤にして、あえいだ。

「お、おおおお兄さん、エイミーさんを私の専属肉奴隷に」ワトソンはいいなおした。「私をエイミーさんの専属肉奴隷に」

 火掻き棒の先っちょで合意の握手を交わした二人は、赤毛連盟の会長と副会長になる妄想にひたった。
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