ホームズ家の姉妹

 妹のひとりは黒髪だった。「お兄さま」

 妹のひとりは金髪だった。「兄貴」

 妹のひとりは茶髪だった。「お兄ちゃん」

 妹のひとりは赤毛だった!「兄さん」

 ひしっと四人に抱きつかれ、ホームズは一瞬でれでれと顔を歪めた。

 ワトソンはそれを見逃さなかった。「ホームズ君」

 親愛のキスが飛び交うなかで、すべての声はまったくどこにも届かなかった。

 揃いもそろって可愛い。若い。全員十代というところだろう。

 ワトソンは居住まいをただして再度いった。

「ホームズ君!」

「ああ、なに? ……そうだった。すまない。忘れるところだった。こちらが私の」

 妹たちはいっせいに整列した。

「可愛い妹たちだよ。それからこちらはワトソン博士とその火掻き棒」

 まあ、と目を光らせて、長女が火掻き棒を見た。

 へえ、と耳をほじりながら、次女が顔をそらした。

 やだ、と口をおさえ、三女が顔を赤らめた。

 四女は鼻で笑っただけだった。

「タイプ! もろタイプ! 赤毛タイプ! わかったなホームズ」

「わかったから首をしめるな。赤毛連盟でもつくってやるから」

 妹たちはそれぞれマーガレット、ジョセフィーン、エリザベス、エイミーと名乗った。

 ワトソンは首を捻った。

「それってひょっとしてオルコット女史の……」

「母親がファンでね。長女が生まれたときに即決したのだ。マーガレットはメグ、ジョセフィーンはジョー、エリザベスはベスと呼んでいるよ」

「アメリカン素晴らしい。私はワトソン医学博士。傷病年金あり。妻は他界したことになってるけど、実はイギリスの法律上離婚もできなくて別居中。お兄さんとは腹心の友。お互い困ったときは財布の紐でかたく結ばれている。よろしくエイミー!」

「触んないでよ。この薄汚いブタ」

 ワトソンの股間は時計台より高くつき上がった。「もっと言って」

「これはジョン・H・ワトソン博士といってだね、まあ名前も凡人だが中身もこれまた凡人という、特殊な意味でかなり非凡なひとなんだ」

「お兄さまの、彼氏。なのですか」

 清楚な黒髪は大歓迎、とワトソンは思った。

「そう。いやいや馬鹿をいってはいけないよ、メグ」ホームズは通常では考えられないほど忍耐強く妹を扱った。「おませさんだね」

「男色関係にあるならヤードに通報する」次女のジョーはくるりと振り返り、扉から出ていこうとした。

 しかし出しっぱなしのワトソンのお花畑を見て顔を真っ赤にし、いやっ、不潔っ! と両手で顔を隠した。気が合いそうだ。

「ホームズ。金髪もいいものだね。うん、私のオールド・ビッグベンがそう言ってる」

「股間の黒薔薇をむしりとって食わせてやるから、少し黙ってくれないかね。ワトソン」

 三女のベスが一番おとなしかった。おずおずと髪の毛をいじりながら、視線はワトソンに向けたまま兄の後ろに隠れてしまう。

「あの……」

「目の前の変態は気にしなくてよろしい。カボチャくらいに思っておきなさい」ホームズは淡々といった。

「ズッキーニ……」

「その表現はいただけない。お兄ちゃんのズッキーニならいつでも見せてやるし味見くらいならさせてやるから、下を見るな」

 可憐な栗毛は対象外、とワトソンは思った。しかし名前は悪くなかった。

「エリザベス」うっとりと口ひげの端をたるませる。「なんていい響きだ。それにエキゾチック。ホームズのハゲ茶瓶とは大違い」

「何か言ったか」

 どちらかといえばつるっぱげに近かった。誰のせいかは明白である。伝記より地球半周ぶん思考回路が遅れた相棒のせいだ。

「通報。やっぱり通報だわ!」

「ズッキーニを食べさせるのですって」

「可愛いベスの上のおクチに? それとも下の」

 キャーと黄色い悲鳴があがる。

 妹など現実に持つものではない。可愛らしいのは見た目と声と、永遠の謎に包まれたスカートの膨らみだけである。そしてどれも兄弟では手が届かない領域だ。

「お兄ちゃん?」

 小首を傾げる妹など幻想だ。わかっていても、ホームズはひしっと彼女を抱きしめた。これぞ我が理想の妹。
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