ホームズ家の姉妹

 誤解のとけた姉と妹はワトソンの部屋で過ごすことになった。

 これはなかなか難問だった。先に話した高スペックのエリザベスの問題である。

 ――いい忘れたが、三女のエリザベス・ホームズは体型だけはマイクロフト似だ。ホームズの本性がデブ専なのは明白だからだ。

 今さらここでこの事実をお知らせしなければならないのは、非常に残念である。かなり残念である。とても残念であるが仕方ない。

 我らがワトソン博士も言っていたはずだ。ホームズの恋愛偏差値の低さ、すなわち依頼人――それも美人ばかり――になびかない理由は、男かはたまたおかしな性癖があるかのいずれかしかない。

 ホームズが三女にことのほか執着があるのは、彼女が絵に描いたような妹だからではなく、イギリス人はほとんど骨と皮ばかりの女揃いであるからなのだ。

 妹など理想である。だが理想は理想。それでよい。ぽっちゃりこえて少しおデブの妹。現実も悪くはない。

「対象外だなんて、失礼な話だと思うわ」

 今回の事件で更に一回りたくましくなった姉はいった。「私もワトソン博士のズッキーニさんに、二人きりになってから思いきって告白してみたの。とにかく理想の形をしてたから」

「食いちぎられそうだと思ったんじゃない?」

 エイミーは笑いをこらえた。ベスはぐすっと鼻を鳴らした。

「ずるいわエイミー。あなたはいいわよね、私の倍食べても痩せてて、健康で」

「これで辛いときもあるのよ。寝てただけで骨盤のところが痛むの。まったく食べられない日もあるし。ちょっと脂肪ちょうだいよ」

「まっ。息切れしても三日も食べられなくても『その体型で?』と言われるほうの身にもなってみなさいな。でもいいわよ。見てなさい。ズッキーニだけ食べてしばらく過ごすから。痩せるわよ」

「料理研究家になることね」クスクスと笑った。「私はあんまり口に合わなかった」

「ズッキーニをイギリスに広めるのね? あれが何かよくわかってない人は多いのよ。義理のお義兄さんになる人が料理上手なようだし、教えてもらおうかしら」

「私も失恋してしまったし、料理をならって少しは女性らしくしないとね」エイミーはふぅとため息を吐いた。「レストレード警部のズッキーニはジョセフィーン姉さんのものだから。誰かいないのかしら」

「――アワビを料理してくれる人?」

「暖炉の火を調節してから、おいしく食べてくれる人かな」

 姉妹は顔を見合わせ、一瞬後にベッドの上ではねた。





「君の妹たちがとんでもないことをいってるぞ」ワトソンは扉から耳を離さずにいった。「女性はなんて強いんだ。見習わなくては」

「君の奥さんほどではないよ」ホームズはベッドでパイプをふかした。「ああ、もったいないことをした。今からでも部屋を変わらないかね? この組み合わせはやはりおかしい!」

「君らしくもない。だいたいどっちをどう料理する気だね」

「もちろん私を挟んでエイミーとベスだ。わかるだろう。常識だよ。それこそ初歩だよ。私が兄だぞ?」

 ワトソンはあきれた。「……具体的に料理の仕方を知ってるとは思えないが」

「――?」ホームズは体を起こした。「聞き捨てならんな。どういう意味だ、ワトソン君」

「子供の作り方だよ。」

「馬鹿馬鹿しい。子供のときにマイクロフトが教えてくれたさ。ヘソを使うんだ」

 ホームズは自信満々にいった。ワトソンはやっぱり、という感じで扉に頭をぶつけた。

「聖なる握手の次の段階だよ。突っ込めばぴったりのサイズになるらしいな。どうして震えているんだ、ワトソン。寒いのかね」

 ホームズはイライラした。笑いをこらえていることは推理なしでわかったからだ。

「太陽系についての知識と同じで、とぼけていると昔は思っていた。男同士の場合でどうして肛門が問題視されると思うのだ。そっちは知ってて何故肝心のほうは知らないのだ」

「あいにく君と違って覚えなければならないことが多すぎてね」ホームズは憮然とした。「さて。鍵穴についての議題はそこまでにしよう。妹と間違いをおかさなかったことに乾杯だ」

「寝酒は困るね。今夜は特に」

 ホームズは息を呑んだ。ベッドの端でシーツを手繰り寄せる。

「火掻き棒の出番はないぞ」

「ズッキーニの出番はあった」ワトソンは微笑んだ。「知り合いに農場持ちのデイヴィッドという男がいるから、エリザベスに紹介してやりたい。その道の権威になる」

「ワトソン、お尻の牡蠣を食べるのはごめんだ。私は君の奥さんと違って牡蠣の面倒だけは見たくない」ホームズはどこまでも冷たかった。

「生牡蠣のほうは腹を壊すから舐めるだけでも……」

「豚。黙れ」

「もっと言って」ワトソンはひるまず探偵の上にまたがった。「この豚は耳は悪いが、ものすごく嗅覚がいいのだ」

 ワトソンはご機嫌に鼻歌を歌い始めた。そしていった。



 ――さ、君のトリュフを出してもらおうか。



End.
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