ホームズ家の姉妹

 エイミーは戸棚に隠れた。そして馬鹿な自分を罵った。

「エイミー!」

「ワトソン博士、外かもしれないわ」

「まさか。裸では……クローゼットが開いてる? ボーイ用の男物だが……」

「あの子着替えるのは得意よ。私とは体型が違うの」

「よ、よし。私はとりあえず着替えを」

「私も行きます」

 ベスの声はすぐ近くで聞こえた。エイミーは物音を立てないように息を詰めた。バタバタとした物音のあとに、小さな声が聞こえた。

「――誤解なの」

 姉の声だった。

 姉さんの好きな人が、自分に興味があると言いはってきた。その間、姉さんは兄さんと出かけたきり帰ってこない。

 出来心ではすまなかった。でも確認したかったのだ。自分の気持ちが確かなのか、あの時点ではわからなかった。確認したかっただけだ。それだけなのだ。

 ワトソン先生を好きになったほうが、楽だから。

「姉さん」

 好きになったのは手の届かない人だから。

「ごめんなさい。私」


 ――彼には、拒絶するしかないのだから。


「私……!」

 ベスはいった。「ワトソン博士が降りてくるわ。後で話しましょう。いいわね」

 はい、と返事をした。膝を抱えて、小さくうずくまったまま、エイミーは静かになることを祈って耳をふさいだ。

 しばらくすると、コンコンという音が聞こえた気がした。

 姉が戻ったのかもしれない、とエイミーは耳をふさぐのをやめた。


「そのままで聞いてほしい」


 兄の声だった。

 ホームズは片膝をついていた。返事がいつまでも返らないためにいった。

「私が話す。イエスなら一回。ノーなら二回。答えたくないなら三回だ。わかったな」

 どんなときでも命令口調である。しばらくすると、コンと音が返った。

「……ワトソンが好きなのか」

 直球だった。エイミーはゴンゴンゴンゴンと叩いた。

「わかった。三回以上でいい。兄さんが悪かった」

 ホームズは座りこんで戸棚にもたれた。掃除道具が入っているはずだ。


「寒くないかね」


 ――コンコン。


「虫はいないか」


 ――コンコン。


「……いても平気だったな」


 ――コン。


 ふたりに何もなかったことは、部屋に入ってすぐにわかった。情事のにおいもしなければ、シーツのシワも通常通り。血もなかった。

 ワトソンの様子がまず違っていた。出したなら勃たない。勃つはずもない。いくら妹が若いとはいえ、男が元気なのは鍵を開けるまでの話だ。開けたら終わりだ。次の部屋はない。

 それで左手は出なかった。何度もいうようだがあの男は馬鹿なのではない。馬鹿なのはもうひとりのほうだ。


 ――だから必要なのだ。


「兄さん。今度は私が話したい」

 妹の声は、穏やかだった。ホームズはコン、と叩いた。
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