ホームズ家の姉妹
「――」
ホームズが扉の前で立ちすくんでいた。中の気配を鍵穴から覗いて、そっと音もたてずに中に入ったのだ。
動物的な勘でそのことに気づいたワトソンは、ベッドの上で焦った。しかしエイミーは気づいていなかった。
「えっと。ちょっと離れてもらえるかな、エイミー」ワトソンは汗だくだった。小太りの基本である。
「やだ。もう少しこうして。お願い」
「いや、そういうわけにはね」
「ズッキーニはもう納まってるじゃないの。勝手に一人で盛り上がって。私が傷つかないとでも思った?」エイミーはぐすぐすと泣いた。
「うん。それについてはだね……あのね……!」
「先生あったかいのね。ふわふわしてるし。お腹の肉は上の兄さんより邪魔ではないし。でも――ちょっとベタベタよ。暑いの?」
「あっ、あっ、暑くはないね?」声は完全に裏返った。視線が突き刺さるようにワトソンの全身にふりそそいだ。
彼が見てる。あの鋭い灰色の目で。
「……うそ」エイミーは体を離してワトソンの下半身を見た。「盛り返してるわ。私じゃ」
勃たないんじゃなかったの、とつけ加える前に、エイミーも気づいた。ホームズの顔は蒼白だった。
「エイミー! お兄ちゃんと相談してね。私たちワトソン博士の救出のためにこれを――」
ベスが入ってきた。静寂の理由に気づき、口をおさえる。わなわなと震えて、三人を見比べた。
「姉さん。違うの。これは……!」
兄がベッドに近寄る。ワトソンは、滝壺へ落とされたどこぞの教授の恐怖をたしかに実感した。覚悟して目をとじた。
ホームズは静かにいった。
「出てこれてよかった。ワトソン君」
「……と、そのズッキーニさんが無事で」ベスはいった。「エイミー。いいのよ。私もお兄ちゃんに」
ズッキーニの味を教えてもらったところだから、と姉は頬を赤らめた。
「そんな……ホームズ。嘘だろう。君はそんな男では」
ワトソンは衝撃にその後の言葉を失った。
「どんな男だというんだ?」ホームズはワトソンをにらんだ。
エイミーは呆然としていた。
「エイミー。貴女をさしおいてごめんなさい。本当は知ってたの。あなたもズッキーニに興味があるってこと……それにはお兄ちゃんが一番詳しそうだってこと」
ベスはほうっと胸をおさえた。ゾクゾクッとふるわせ、無意識に人指し指をなめる。興奮さめやらぬようだ。
「とっても美味しかったわ。ちょっと見た目では想像つかないわよね。私も子供のときお兄ちゃんが味見させてくれなかったら、パッと思いついたりしなかったと思うの。すごく立派よ。お兄ちゃんの持ってる、アレは」
末っ子には耐えられなかった。シーツをほうり出して裸で駆けていってしまう。感動にひたっているベスは気づかなかった。
「うちの持ってるマイクロフト農場で、まだお兄ちゃんが大事に育てていたなんて。子供のときは、まさかカボチャの一年目がズッキーニだなんて思いも――エイミー?」
「ホームズ! ホームズッ……! 君を見損なったぞ」
ワトソンも聞いていなかった。裸のままエイミーを追いかける。耳が悪いのではない。馬鹿なのでもない。
ただ少し素直すぎるだけだ。
「……」
ホームズはぐらっと揺れた。
「まあっ。お兄ちゃん、座らないと駄目よ。ちょっとした長い旅行だったから、疲れているのよ」
ベスは兄を椅子に座らせて、水差しを傾け、顔をあおいだ。
「――でもごめんなさい。私のために」ベスは出番のなかった野菜を籠から取り出した。「ズッキーニで陪審を買収するなんて嘘だったんでしょう。あのままじゃ私ったら、勘違いしてワトソン博士のズッキーニさんを丸ごと食べるところだったわ」
「そして代わりにエイミーが食べたのだ……」兄は顔を両手でおおい、しくしく言い出した。「あの汚いイノブタに料理されてしまった。私はもう生きていけない。ワトソンと心中する」
これがホームズの本質である。始終冷静な男なら、あらかじめ教授を暗殺できたはずだからだ。ワトソンが書かないだけだった。
「そんな馬鹿な話ないわ」妹は妄言を相手にしなかった。「エイミーに限って、そんなことできるわけないのよ。だってあの子が好きなのは。あの子が一番愛しているのは……」
ベスは黙った。顔をあげた兄の目がまったく濡れてはおらず、彼女の言葉をさえぎったからだ。
「お兄ちゃん――闘うのよ」