ホームズ家の姉妹

 マイクロフトは次女のジョーを引き連れ、裁判所に来ていた。

「被告人、ショルトー・G・レストレード」

「私は無実だ!」

「静粛に」

「ドクター・ワトソンとは友人であり、私と彼がどうとかなんて事実無根だ。わわわ私は人間の生理機能に必要不可欠な場所を患っているんだ! 彼は医者なので、それで」

「被告人は静粛に。ワトソンはドクターではない。イギリス国民にききたまえ。新聞売りでも知っている……あんな馬鹿に学校が卒業できるわけがない!」

 一喝だった。傍聴席からも否定の声はあがらなかった。

 レストレードは髪を振り乱し暴れた。脇を刑務官が三人がかりでおさえている。

「むごい。兄貴……」

「あれが男好きの末路だよ」マイクロフトはしたり顔でいった。「ジョセフィーン。ワトソン博士と私は握手をした仲だ。しかし体を繋げたわけではない。その意味がわかるか」

 ジョーはボッと顔を赤らめた。「あああ握手って、あの。あの、あの握手のこと?」

「そうだ。しかし物事は適切にはっきりと表現したまえ。私とワトソン博士の先っちょの汗と汗の交換のことだ。ポテトとマヨネーズの熱きコラボだ」

 傍聴席の紳士はぎょっと大男を見上げた。

 紳士といっても少年である。裁判が始まっても自分を見ているので、マイクロフトは顔はそのままに視線を下げた。少年はかわいかった。弟の幼いころに少しに似ていた。マイクロフトのマイクロフトは頂点を目指した。

「あの程度ではどんな罰則もできない。男色が規制対象となるのは、鍵穴に鍵が差し込まれた現場を誰かが見ていた場合のみだ。つまり」

 壇上ではレストレードが号泣しながら判決を聴いていた。

 裁判など形だけのものだった。初審の判決は有罪。第二審の判決も実刑で落ち着くのは間違いなかった。

 ジョーは見ていられないのか、顔をぱっと背けた。そこでは収まりきらなかった兄のピザの斜塔が傾きを増していた。言っておくが書き間違いではない。ピサではない。

 ジョーはさらに赤くなった。少年も目を見開いてそれを見ていた。

「――事実無根などそれこそありえないのだよ。ポテトサラダはできあがっていたのだ」

「あっ。ワトソン博士だわ」

 ジョーははしたなく指を指して、ぱっとその手を反対の手で隠した。

 一見勝ち気そうな見た目の次女の恥じらいは周りの男たちを骨抜きにしたが、ジョーには自分の金髪がどういう効果を周りに与えているか知るよしもなかった。

「やつれているな」

「裸足だわ。なぜかしら」

「溶岩が原因と見えるな。悲惨な結末だが、それのおかげで助けられる可能性もある」

 マイクロフトはため息を吐いた。

「なるべく時間を省略したい。面倒すぎて欠伸が出そうだ」

 ざわついた傍聴席をいましめる木槌の音が、高らかに響いた。

「静粛に。静粛に……。黙らんかい小市民ども!」裁判長には見覚えがあった。ジョーはそれが兄の訴訟を受け持った男だとわかった。

「ごほん。あー。地方判事のヴィクター・トレヴァー君から貴殿についての減刑を求める書状が今朝がた届いた」

「誰だそれは」ワトソンは自分の脳みそに嫌気がさした。

「しかしながら三ヶ月と一週間前。君の同居人であるシャーロック・ホームズ氏の潔白を証明するという主旨で、ほぼ同じ文面の書簡がこれは……二十通? 送付されていたのが」裁判長が首をかしげた。「――馬の手綱?」

「それについては、私から説明申し上げましょう。裁判長」マイクロフトが手をあげた。

「君は誰だ」

「会計監査担当の官庁職員。マイクロフト・ホームズです」彼はさらにいった。「諮問探偵シャーロック・ホームズの兄にして国家公務員」

 裁判所はざわついた。ワトソンはあっといった。

「安いサラリーでこきつかわれている労働者の敵だな。おい、木偶の坊たち、その男を傍聴席からつまみ出せ」

 裁判長の言葉に周りの男たちは総出で彼を動かそうとした。しかしマイクロフトは広場の景観をそこなっている彫像以上の重さだった。

 マイクロフトはさらにさらにいった。

「進言の許可をいただきたい。それがすんだら、私の両腕に抱えられているこの可愛い妹とどこかの少年を連れて、すぐに帰らせてもらいましょう」

「……いいだろう。ポロリをしまったらな。それから少年は置いていきなさい」裁判長は頬杖をついた。「彼は私の息子だ」
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