ホームズ家の姉妹

 ホームズに妹がいると知ったのはワトソンが二回目の結婚を考えているときだった。正確にはまだ結婚していたのだが。

「どうして今まで黙っていたんだ!」

「可愛い妹を賭け事好きの医者崩れの小太り小男から守りたくて」ホームズの言い分は簡潔だった。

「小太りは余計だ。小男ではない。中背だ」

「すまない。聞かなかったことにして執筆に戻ってくれないか」

 そういうわけにはいかない。ワトソンは急いで支度を始めた。ホームズは新聞を眺めるふりをして、ちらちらとワトソンを見た。

「何をしているんだね」

「会いにいくのだ。君の妹なら容姿はそこそこかもしれないが、きっと頭もよいから私と気が合う」

「なぜ気が合うんだ? ……待て。その先はよせ」

 ボウタイをキュッと縛った。「私も頭がいいからだ!」

「冗談ではない」ホームズの目は殺気に満ちていた。「年の差を考えてくれ。妹はまだ若いんだ。あと腹の下からはみ出ている気持ち悪い逸物をしまってくれ」

 ワトソンは慌てて聖なる汚物をしまいポンポンと二回叩いた。

「まだ出てくるのが早いよ、僕の火掻き棒ちゃん」

「妹に会わせろだと? 冗談じゃない。待て。理由は言わなくていい」

「ホームズ! くすぶってうずく火の粉の音が聴こえないのか? 燃え盛る暖炉の中を、そう、私のこの……この……」

 その先はなかった。荒い息づかいに反し、胸を押さえる仕草がいじらしく見えぬこともない。

 ホームズは馬鹿の相手はとことん疲れるといった風情で続きをいった。

「ぐちゃぐちゃに掻き回したいんだろう。その細くて黒くてあるかないかもわからないようなもので。私のパイプ程度の長さもないくせによく言ったな。この性犯罪者。社会の汚染廃棄物。豚の睾丸!」

「もっと言って……」

「呪われたコカイン中どく――!」ホームズは咳払いした。「不毛な争いはよそう。妹たちには今朝電報を打った。紹介の前にいくつか注意事項がある」

「たち? ひとりじゃないのか」

 選べないかも、二人とつき合えるかも、前と後ろで肉布団ごっこができるかも――という不安がワトソンの頭をよぎった。

「ひとつ。妹たちはまだ若い。色が白くて細くてはかなくて感じやすい年頃だ」

「サンドウィッチか……」

 ワトソンは物書きとしての本能で、意味深な言葉を吐いた。

「ふたつ。私と違って彼女たちは潔癖だ。下半身をさわる癖をなおせ、ワトソン」

 一度掻いた場所から手を離し、素直に言うことをきいて、スンスンとやり、臭いに悶絶して椅子の背に倒れる。

「みっつ。私は妹たちをとても愛している。今のところ一人も嫁に出す気がない」

「わかったよ、草食系レタスくん。君も混ぜてあげるとも。水っぽくてパリパリしてて剥いても剥いても芯もなければ栄養もない邪魔な存在だが」

「なんの話だ。皮ならズルムケだぞ。それに君と妹に挟まれて寝るのはごめんこうむる。よっつ」

「まだあるのか」

 ホームズはずずっと近づいた。「妹に手を出したら、君のか細い火掻き棒はロイロット博士のそれと同じ運命をたどる」

 それに対する反応は顕著だった。ワトソンはがくがくと震えだし、歯を鳴らしながらホームズの顔面を指さした。

「依頼人の逸物を、に、握ったことがあるのか? やらしい。不潔! この変態!」

「――ワトソン。ロイロット博士が誰か覚えているだろうね」

「誰だっけ。まとめて通報しよう」

 ホームズは片手で顔を隠しながら、もういいと指を振った。

 ベルの音を聞きつけたのは、ワトソンのほうが早かった。

 食事の時間を心待ちにしている犬と変わらない速度で扉にはりつく。飛び散ったよだれをホームズがスカーフでゴシゴシとぬぐった。歯がきしんでいる。早口で叫んだ。

「開けるな。まて。おすわり」

「わわわ私をなんだと……」ワトソンはかみついた。

「ハウス!」

「小屋には君が入れ!」

「ここにハドソン夫人の特製苺ジャムクッキーが」探偵のポケットは異次元より深い。「ちょっとカビてるが君なら食べられないこともないはずだ」

 ワトソンはおとなしくなった。もっとないのかとまたがってくる。「うわっ、……んっ、んっ!」

「いい匂いがすると思ったのだ。どこかにまだ隠してるだろう」

「君の財布と同じでからっけつだ。わかったら離せ」指までなめとろうとするので足蹴にした。

 そして絶妙のタイミングで妹が入ってきた。
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