教授と私と子供
痩せた体のどこにそんな力があるのか、先生は暗闇で私を引き寄せた。子供たちは二階のベッドだ。息子のキングズリーは耳がいい――異性のそれのように早く終わるとは思えない。
「教授」
「別の呼び方がある」
「ああ――先生」
別の呼び方だと再度言うので、知ってはいても一度も呼んだことのない名前をそっと呟いた。「なんだね、アーサー」
呻いて唇を押しつけると、先生は突然の強行に目を丸くした。片手を添えて応える。私の筋肉質で重い体は言い訳のできぬ力強さに満ちていた。
ここからが難問だぞ。「聞きにくいんですが、その」
「男の経験はない。寮生時代にベッドに忍び込んだルームメイトを蹴り倒したことはある」
唇を捉えるのに苦労するから口髭を半分にしなさいと注文をつけられた。丸く不恰好な顔を少しでもなんとか見せるための苦肉の策なのだが。
割って入った舌遣いに息を切らす。無我夢中で吸い返した。ときおり含み笑いで応えながら、私の頭を腕の中に抱えて何度も口づける。
「――」
今日欲しい。明日では遅い。気持ちが焦りとして仕草に出たのか、先生の腕が背中を押さえた。気づけばすがりつくように殆ど裸で交わっている。露出した肌に触れられる度に体が跳ねる――先に果てたら敗けだとやり返す――体中を駆け巡る熱の逃げ場がない。
荒い力に勝てずに一度出した。先生はまだ臨界ではない。悔しい思いで首を抱く。「どちら、が」
「どちらでも。君の判断に任せる」
「貴方がそんな気分になれる体だとは、自分ではとても」
「横になったら関係ない」
明るいほうが冷静に選択できるなら、と蝋燭に火が灯された。互いの眼が明るさに慣れると、どちらともなく笑いが漏れる。調子外れの声が耳障りだ。使い古したブラシのような剛毛の髪。角張った肩。高い鷲鼻。歳を刻み付けた顎。
これは酷い。向こうもさぞや酷いと感じてるはずだ。酷い相手との酷い情事。加えてどちらも若くない。無駄にした時間の長さに、覆い被さって先生の顔を撫でた。
「欲しい。ずっと貴方が欲しかった。貴方の――何もかもが」
「では来たまえ」
余裕を見せる顔を崩したい一心で愛でた。どこもかしこも舐めほどいて擦る間、先生は喘ぐより呻き続けた。熱く重く狂おしい時間が過ぎた。私が体を気遣うと、そんなものかと挑発するのだ。結局気が済むまで揺さぶり突いて上り詰めた。
最後までやめろとは言わなかったが、終わりを迎えるころには苦痛だけではない未知の体感に疲れ果てていた。
「――ドイル。寝よう」
「次は」
先生の番ですよ、と囁く。もう無理だと弱音を吐く唇を塞いだ。「欲しかったのだ。ずっと。貴方を……私だけの」
「欲張るな」
「欲しいんだ」
「私は疲れている――」
堪らずに潜ってまだ硬いものを口に含んだ。味わうより前に離される。腕を取りながら静かな眼差しが私を見つめた。
我慢はしない、と言う言葉に奮える。「先生」
「戻るなら今だ。今後も機会はある」
性交は戯れだった。何も残せないなら残してくれればいい。すり寄せると握り、抱きつくと支える腕の中にずっと居られる。
「君の人生を――君の心を守らねば」
壊れるほど抱いてくれと望んでいるからついてきた。女の側の快楽がそれほどのものであるなら、先生が忘れる心配はもうない。
彼も私に刻みつけるべきだ。
名前を――と望めば、呼吸も止まるような唇の応酬と長い指に翻弄された。どこに余力を残していたのか、反射的に逃げようとする私の腰を捕らえ、見るも無惨な感覚に耽る姿を暴いていく。
先生、先生。と何度も呼んだ。彼が違うと否定する都度言い直す。神聖な響きにおののき、ジョーと言い直せばよく気づいたと笑った。
寒いかと聞く声に息を切らして叫ぶ。
「好き、だ」
強烈な痛みは腹に響いた。背中でじっと動かぬ体に焦れて声高に訴える。実験室の潰れた蛙のようにベッドで跳ねる。気持ちよさなどわからない。
「好きです」
「ドイル」
痺れるような快楽が脳天を突き抜け、一瞬震えて少し出した。杭は刺さったままだ。苦しむ憐れな生き物の感情が理解できた。
「――!」
悲鳴が嬌声に変わる。肉体的な刺激には反応しなかったが、先生が吐く息の荒い音に耳を澄ませる。次第に呼吸を合わせて、打ちつける肉体の奴隷になった。
大きく揺り動かし私の内部を削ぎ落とす。痛みと悦びは波となって幾度も私を襲った。
欲しい、と何度も繰り返す。覚えのない波が近づくと、爪先をきゅっと閉じた。通りすぎる度に逃すまいと力を込める。彼が欲しい。限界まで体の中に納めておきたいのだ。離れたくない。
距離をなくすようにピタリとくっついていると、不安は遠退いた。
「欲しい。まだ」
「……ドイル」
「先、生」
「なんて――」
声を、と先生の口が紡いだ。激しさがゆっくりと穏やかな愛撫に変化し、徐々に優しい時間が流れる。直接的なものに比べてずっと緩慢な感覚が襲った。
前が辛いと言えば望みは叶えられた。行きつく遠くの高みにさえ指が届かない。
白く弾ける視界の向こうで、私は静かに息を吐いた。
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