探偵のこころ
足を狙撃されて、ロンドンの地に戻り、私は生涯の友を得た。
シャーロック・ホームズの仕事をそばで見護り、記録し、ときに推理の刺激剤を果たす毎日のなかで。事件という名の戦場を共に過ごした戦友の、隠された愛情を知ったのは今日が初めてだ。
そのひとことを得たとき、私は犯人に撃たれたことを、深く感謝した。事件の解決を見届けた私は、ベイカー街に帰るまえに診療所で手当てを受けている。
「かすり傷だから自分でやるさ」といったがホームズは無視し、御者を急かして医者に診せると言ってきかない。
私も医者なのだが。
現役の開業医をしていたころ、よく患者の代診を引き受けてくれた医者だ。遅い時間だったが、快く治療をしてくれる。
ホームズはあのころ、事件が起こるとこちらの都合を考えずに呼びつける癖があった。
強引なところは彼の特徴だ。
私を診療用の椅子に優しく座らせ、いつになく真剣にいった。
「これ以上心配させないでくれ、ワトスン」
「本当に大丈夫だ。彼の腕は僕よりずっとたしかだからね」
太ももの傷に塗り薬をつけられながら、私は懐かしい思いにひたる。ホームズとの冒険で危険な目にあったり、彼の気性や生活態度に怒りを覚えても。
若い時分と変わらず、冒険のただ中にいることが嬉しいと感じるのだ。
「まったく変わってないな」
脇に立っていたホームズはギクリと身を震わせた。「どうかしたか」ときいても、いいやと首を振るばかりだ。
落ちくぼんだ目をさまよわせ、私の手を握る指が、汗ばんでいる。その理由は思いもよらぬものだった。
「ワトスン。医者の仕事に戻るかい」
「なにを急に? ……ああ、違うんだ。ここの診療所についていったのではないよ」
医師が席を外したのを見計らい、口に出した。
「撃たれたのがきみでなくて、よかったと思ったんだ」
ホームズは返事をせず、窓際に寄って煙草に火を着けた。私も葉巻入れから一本取り出すが、医師に見つかり怒られた。大変な夜だったんだ、やらせてくれ。
「ホームズ、火がないんだ」
ああ、と戻った高い鷲鼻の頭が赤い。
私はまじまじとその顔を見た。マッチを擦るとき閉じた目に、湿った名残をみつけると。
「目にゴミが入ったよ、ワトスン」
そういって探偵は笑った。
End.
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