ホームズと探偵都市🍊
2
平均年齢が300歳を越えた辺りで、人類は進化を止めていた。
働かなくても食うに困らず、活動のすべてが人工的に管理されている。
生来の怠け者以外は働いていたが、生活のためではなかった。生活のためでない金は、より貴重なものとなって人々を労働に駆り立てた。格差は大きくなって私たちをさらに仕事へと結びつけた。
長命になったせいで時間はあまりあるほどあった。たいていは所有物に金をかける楽しみと、僅かな趣味だけで一世紀が過ぎる。
その後は単調な毎日だった。老人という概念は消えかけるほど、健やかに退屈を楽しめた。それでさらに一世紀。
このあたりで死ねれば運がいい。
つまらない日常に飽き飽きした年寄りたちが、刺激を求めたのは自然の摂理だ。これに目をつけたのがSPディテクティブ社である。
彼らはすでに人類の優しい隣人として広く親しまれていたロボットに、新機能をつけた。
『アドベンチュア』。
ポロネーズ探偵は一定の条件下に置かれると、所有者の好む好まざるに関わらずこの機能を発動させる。それまでの探偵は無駄を究極に省いた存在だった。
史上最強の優先機能が、一番役に立たなくなるなどと誰が考えただろう。
通信キャリアにつけられた強制スイッチのようなものだ。一度開始すれば撤回はできない。解除のための命令文は設定ごとに違っていた。
完璧な機械はあらゆることで無能と化した。
探偵は日常のどんな些細なことも見逃さない。彼は我々をちょっとした冒険にいざなってくれる。ありもしない陰謀を明らかにし、なにも知らない善良な市民を犯人として捕まえるのだ。
この機能は深刻な社会問題を巻き起こした。ポロネーズ探偵はスクラップになる運命だった。冒険や事件が娯楽としての評価を得始めるまでは。
世論は反対した。しかし一度味わった刺激のせいで、結局は退屈さに負けた。SP社はよりアドベンチュアを楽しめるよう、機械本来の原則から外れた性能を探偵に与えた。
命令「そのもの」の暗号化である。
自分たちが人生に飽いていると気づいてしまった人々の大半が、探偵を崇拝することで正気を保った。
あまりある時間が日常から活気を奪っていく。衰退することで熱を蘇らせるはずの経済さえ機械が制御し、万人の安定が人々の精神をさらに怠惰にする。
絶え間ない無限の時間に不安が増していくのにも関わらず、それを行動にする気力もない。いつしか犯罪という概念さえ消えかかっていた平和な世界。
――本当の狂気とは恐ろしいほどの静寂に満ちていた。探偵はそれを変えてしまったのだ。
私は手動の扉を開け、外へ出た。この木材は希少価値が高くめったに市場に出回らない。221階は無駄に豪華である。
二つ隣の破壊された部屋を覗く。扉は開け放たれ、中では数名の男たちが現場調査にあたっていた。
スコットランド防衛隊が私に気づいて敬礼した。
「室内に異常は見当たりません、サー。空気中の化学物質検査が残っていますので、少々お待ちください」
私は軽くうなずいた。
記者が構えるホロのフラッシュがきらびやかな音をたてる。これが盗撮でないことをワットソン犬に主張するためだ。
ワットソン犬とは――。
私はロボット恐怖症にかかったことは一度もない。単に嫌いなだけだ。しかしコイツのバランスの悪い大きな頭と、怪しいものを見つけたときの低い鳴き声――「ノーベリ! ノーベリ!」――はいただけなかった。
ワットソン犬は性能もよくない。しかし廃盤になる予定のところをポロネーズ探偵が救った。探偵の主要電池であるコカイン7%溶液を体内保持する機能が加わったのだ。
この歩く補助電池は至るところで見かけることができる。補給が必要になったら――これ以上、何をどうするのか言いたくもない。
反応の薄い私に気をつかって、隊長は言った。
「外部攻撃から身を守るため、ポロネーズ=007を配置して置きましょうか?」
「それは君のポロネーズ探偵なのかね」
隊長は苦笑して隊員と目をあわせた。これが普通の反応である。SP社の人間はもれなく洗脳されているが、探偵は厄介を運んで彼ら防衛隊の仕事を増やす。
私の仕事もだ。
「いえ。007は殺しの番号です。他にはポロネーズ=マッドハッター――奇特なお茶会を開いてくれます――ポロネーズ=ヴォルデモード――マホウという古代呪術を習得しています――ポロネーズ=ホビット――本体が小さめで特定の貴金属に異常すぎる興味を――」
「防衛隊所属のポロネーズ探偵ほど無能なロボットはいないと聞いたが?」
隊長は困った顔をした。探偵の大失態は記憶に新しい。『警察』が『防衛』に名を変えたのは一昨年前からである。
「関係者の過半数がポロネーズ症候群にかかったので、電磁波で制御しているんです。そのおかげで所内の平和はとりあえず保たれていますが」隊長はため息をついた。「防衛隊内部の汚職事件は発見が遅れました」
古今東西、探偵が問題を大きくするのだ。
探偵がいなければ被害者も加害者もいない。探偵がいると鳩がフンをしただけで半径五十メートルの他の鳩が容疑者になる。
進化の過程であらゆる病を克服してきた人類にも、一部では増やしてしまった病があった。誰もいない室内で監視されている気がすることを、俗にポロネーズ症候群と呼ぶ。
近づく足音は四分の三拍子。窓に映る横顔は鷲鼻でシャクレ気味。
おかげで精神科の医者は儲かった。ポロネーズ探偵の前では簡単な盗み食いをする場合でさえ危険だ。
彼は怪しげな動きには即座に警告音を発し、スコットランド防衛隊を呼び、笛を吹く。地球人の平和な日常のささやかなイベントさえ、いまや人間型ロボットの支配下にある。
アドベンチュアの機能は氷山の一角にすぎない。
もうロボットや機械といった可愛い単語でお茶を濁すのはよそう。ポロネーズ探偵は三原則に反したアンドロイドの中でも唯一無二の性質を持っている。
ポロネーズ探偵は一定距離のポロネーズ探偵同士、テレパシーで会話ができるのだ。
</bar>