ホームズと探偵都市🍊
コンパクト・ディスクの略であればよかったのだが。
心霊学者のナントカだ。名乗る必要は感じない。書いたところで誰も知らないだろう。なにしろ宇宙歴が出来た前後のことで、現在では記録がほとんど残っていない。
約一万年前、クローン技術はめざましい進歩を遂げた。
骨のひとかけら、髪一本から歴史上の人物の遺伝子を取り出すことが合法になったのはすぐである。現在ではありとあらゆる墓から掘り出された遺伝子を厳重に管理し、ポロネーズ探偵に関わる一連の騒動を起こさないで済むよう、ある組織から雇われていた。
名前がアルファベット二文字か三文字で表されるようになってからは、同僚の誰も自分のオリジナルのことなど知らない。
私も興味がない。
扉が閉まるとすぐに自分のコンソールを開いた。
私はまだ旧式のホロ・テレフォンを使っていた。これはボタン一つで空中に浮き出さないほうである。目と耳の中にチップを埋め込み舌で歯を操作しないほうである。
「ご用件はなんでしょう、サー」
画面に浮き出るシャクレ・ポロネーズ探偵。私の同居人は黒髪だが、こちらの彼は金髪だ。
この顔は見飽きた。大いに見飽きた。
「JBに通してくれ。ああ、ジョンソンでないほうだ。間違うなよ」
私は念のため言った。ポロネーズ探偵が間違うことなどありはしない。彼は私の命令を見分けるのだ。私の眉が下がったり、口調のワントーン低いことや何やらかんやらで。
電話口のポロネーズ探偵は淡々としていた。
「あいにく閣下は国際宇宙連合指令部の命令を受け、明朝十時に議院会議に出席なさいます。緊急のお電話であっても執務室には繋ぐなと」
「籠りきりのアホに伝えろ。老い先短い私が今日どんな目にあったか――どんな目だと思う?」
「わかりかねますが美しい目でしょう」
私はぐっと息を呑んだ。このやり方はまずい。
彼はそんな離れた場所からビームは出せない。しかし私の後ろには、私のポロネーズ探偵が座っている。
どんな目か確かめる気はない。
「いや、待て。まず今の君の設定を聞かせてもらいたい、ポロネーズ君」
「私のネックネームは『アマゾン』です」
どうでもいい情報から先に答える。コイツは初期型のポロネーズ探偵だ。下手に命令を出すと「クロッカスの出来はよいかと存じます」から始まる茶番が待っている。
やりとりに意味などない。火掻き棒があれば受けてたつのだが。
アンドロイドは人間と区別がつかないため、基本の固定デザインも決まっていた。これが原因の訴訟問題もある。
何世代かのうちにはポロネーズ探偵やその他のロボットによく似た子供が生まれた。親はその顔を有り難がったが、子供は違う。被告席にはSPディテクティブ社の代理人とポロネーズ探偵。訴える側の当事者も探偵の容姿に瓜二つ。
裁判は人間が勝った。その後ポロネーズ探偵は首の裏側に所有者が考えた名前が刻印されることになった。いわゆる個体識別名だ。
ポチでもミケでもアンゲロスでもよい。うちのポロネーズ探偵にもネックネームがあるが、そんなことは更にどうでもいい。
「ポロネーズ君。私にとって、探偵は探偵なのだ。欲しがっている質問に答えをくれ」
『探偵』という単語はロボット。つまり機械の意味で使われることが多い。
電話口から抗議の呻き声。再三繰り返してきたやり取りだからだ。彼は諦めた。
「サー。私の設定は現在ケース9でございます。『スカーレット・イン・ボヘミア』」
「ボヘミア?」
ケース60まである設定の名称は、親切で教えてくれたのかもしれないが。私は悩んだ。
振り返れば私のポロネーズ探偵が無表情に言った。「“私は十七段であると知っている”」。額の穴についてもう言うことはない。
彼は便利だ。彼らは。
「ああ。その――“私は十七段であると知っている”」
「解除は無効です」
「……なに?」
「設定解除は無効です。あなたをブラックリストに載せました。毎回消されるほど私の能力は低くありません。アドベンチュアの機能は私の仕様なのです」
私は息を吸い込んだ。
「くしゃみをしただけで悪臭立ち込める科学実験を始めることがか? 捜し物に困った主人のため部屋一室をまるごと燃やすことが? 自分の額に穴を開けてまで架空の事件に振り回されたいのか!」
「サー。『仕様』とはそういうものです」
激しい悪態に画面の向こう側で微笑んだ。ポロネーズ探偵が妙に親切な態度をとるときは必ず含みがあるのだ。
私のポロネーズ探偵は相変わらず澄ましている。
「いいか、おまえ。こっちにきなさい」私はポロネーズ探偵の額に指を突っ込みたくなる衝動を抑えた。「兄弟に言うのだ。さあ!」
探偵は胸を張った。
「お断りします。彼は私の状況を知っているはずです。あなたが毎日私の意に反し、私の体を弄んでいることについても」
「誤解を招くような言い方はよせ」
私は頭をかきむしり、机を叩いた。横目で画面を見れば、そちらも笑みが消えている。手を振り回した。
「仕方ないだろう! これが私の仕事なのだ」
私の癇癪はポロネーズ探偵を手にしてからの悪い癖だ。設定の再構成は解体屋以外にも可能である。こいつが邪魔をしなければ――あるいは別の探偵が相手なら――。
私は二人を見比べた。二体と言うべきか。
下を向き、口元を押さえ、黙って通信を切った。ポロネーズ=アマゾンの勝ち誇った顔が一瞬で暗闇に消える。
私の敗けだ。
「おい、堅物」
「穴あきのせいで酷い頭痛がします。コカイン7パーセント溶液ではどうにもならないようだ」
ポロネーズ探偵は私をまっすぐ見た。
「命令を誤認したことを謝ります。――額の穴のせいで窓の傷を広げたわけではありません」
私は気難しい顔で彼を追っ払おうとして、失敗した。思わず苦笑が漏れる。頭痛? 図々しい奴だ。
額の穴から向こう側のナポリタン像が見える。機嫌はなおり、笑みも大きくなった。
「私が先にSP語録を習得すれば済む話だ。先に博士の部屋へ行け。私は防衛隊の様子を見てくる」
ポロネーズ探偵が室内を後にすると、私はようやく肩の力を抜いた。
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