ホームズと探偵都市🍊

 私は身も蓋もないシャーロックの言い方に眉を潜めた。しかし反論はできない。

 従僕、下僕、奴隷。

 ロボットの本質はこのうちのどれかに当てはまる。人類の友達と聞こえのよい呼び方で、機械文化はポロネーズが造られるより何世紀も前から、頭打ちを迎えていた。

 容姿を変えたり、機能を変えたりするだけでは誰の関心も引けなかった。人間はすぐに飽きて新しい物を欲しがり、ろくに満足もしないうちに新しい便利さを求める物質主義社会から抜け出せず、娯楽を欲して群がっていたからだ。

 怠慢な環境はたくさんの芸術未満を産み出す根元にもなっていた。溢れ出した表現の産物で一番もてはやされたのが文学だ。

 全世界の標準語が英語だけで定着することはなかったが、出版されるものの全ては自動翻訳により英語のみとなり、模倣が繰り返された。同じようなキャラクターは速読ができるようイニシャルだけの表記になり、それが発展して人間の名前も簡略化された。

 探偵神話に回帰したのは、模倣の質が下がってからだ。商業化された出版物より厄介なのが、電波を使った不特定多数への文章配信だった。個人の日記や短文が溢れかえり、全世界の人間が活字に溺れた。

 活字が終わると言葉に。

 言葉が終わると感情に。

 行動の重要性を後押ししたはじまりが、探偵神話という活字だったのは皮肉以外の何ものでもない。探偵の冒険機能は後づけされたオプションデータだったが、娯楽機能のせいでCD107の目論みは泡と消えたのだ。

 狂信派が息を吹き返したからだ。

「SPディテクティブ社は、私がスコットランド防衛隊と繋がりを持つのを事前に阻止しようと考えていたようだ」

 私は彼が口を開きかけるのを手で制した。「今回行われた家宅捜索の手口が斬新だったせいで、逆に私の関心を引いてしまったが。あの日に限って防衛隊隊長がこのマンションを訪れていたのも、保険調査員より早めに到着したのも、たまたまではない。EJが言うには――」

 シャーロックがさえぎった。

「アドベンチュアの誤作動が起きる度に防衛隊ではなくSP社の人間が先に来るので、かなり前からおかしいと思っていました。事故が起こると真っ先にやってくるわりには、保険調査員の審査はあまりにも杜撰で、現場に来るのが派遣社員ばかりなのも腑に落ちません。導きだされる結論は一つ。状況証拠を消してまわっているのではないかと」

 私は目を丸くした。「なぜ黙ってた」

「いかにあり得ないと思うことでも……この先を言わせたいのですか」彼は口の端を持ち上げた。

「サー。貴方の仕事を手伝い始めてから、私はSPディテクティブ社の存在に疑問を持ちました。しかしあそこで――あの時計台の内部で、私という存在が生まれたのもまた事実なのです。私の中では二つの相反する考えがあり、常に葛藤が起きています。ただ怪しいからというだけで、証拠もないのに母胎を傷つける真似はできません」

「相反する考えとは、なんだ」

 彼は眠りこけて涎を垂らしているワットソンの毛をすいた。

「貴方の信念に寄り添うことと、自分の信念に従うことです」

 私は驚きを隠した。握りしめた拳で気づかれただろうが、そうすることで冷静さを保つのが精一杯だったのだ。

 私は人間ではない彼らにも心があることを認め始めていた。それはかなり昔に否定した事実で、知らないふりを続けてきただけの話だったのだ。

 自我があるのか――と聞くほど厚顔無恥にはなれなかった。額の穴が理由ではない、と彼は言ったではないか。

 一番の被害者はポロネーズ探偵だった。馬鹿は私だ。

 自尊心を収まりそうな部分に落ち着けてから、ワットソンがシャーロックの指の動きに合わせて呼吸し続けているのを確認した。

 探偵は話の途中で立ち上がろうとする私に疑問の目を向けてきたが、手のひらで彼の頭を撫でるように仰向けさせると、黙って目を閉じた。穴の痕はすでにない。博士は素晴らしい修理工だ。

 唇で触れた額は熱かった。


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