ホームズと探偵都市🍊
憂鬱な時間は早めに済ますに限る。私は短縮番号を押して、相手が画面に映る前に早口で言った。「保険担当者は変えてもらったぞ」
「シドニーは優秀だと申し上げたはずです」
すでに主人から聞いていたのだろう。アマゾンは不本意そうだった。
「私が信用してないのは君だ」
彼は黙って目を瞑った。「ずいぶん嫌われたものだ」
どちらがだ。結局のところ自分の問題は自分で解決しなければならない。借りがあるのだから私に返せとやり始めた途端に関係崩壊だ。私は喉を鳴らした。
「シャーロックには言ってない。君の主人は何か勘づいているようだが、私には何も教えてくれなかった。弁解があるなら聞こう」
彼は無言で通信を切った。失敗だ。
私は机に置かれたカーバンクルの注文書を引き出しに仕舞おうとして、名刺に気づいた。SP――たしか一族がSP教徒故にイニシャルをSPに合わせている、とアマゾンは言っていた。
探偵の名前は私のつけたシャクレ=ポロネーズで統一されるまで、SPを頭文字とするあらゆる名前で呼ばれていた。その後は紛らわしいという理由で、探偵以外にポロネーズの名前をつけることはできなくなったのだ。
私にとってシャクレ=ポロネーズは一人だった。彼には本当は別の名前があったのだが――。
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翌日には体も完全に回復した。私はポロネーズ=シャーロックを相手に、約束通りこれまで得た情報を話した。家宅捜索の根源については博士にも多少は説明していたが、熱のある身で頭の整理はできなかった。探偵はもちろんその中身を知らない。
「条約文書紛失事件の話を覚えているか」
私は唐突に切り出した。
ポロネーズ探偵の脳内容量は決して多くはない。彼はたとえば太陽系に関して無知であり、その知識専属のロボット以外は地球が太陽の周りをまわっていることさえ知らなかった。
重要と認められる情報以外は人間と同じく端から消去されていくため、彼ら自身でさえ覚えてないこと、一度は記憶したということさえも忘れてしまうのだ。
「『サインオブフォー』」シャーロックは机に手をつき、もう片方の手で膝にのせたワットソンを撫でながら言った。「四つの署名事件ですね。神話でないほうの」
私はうなずいた。
「SPディテクティブ社に現在は保管されている。私もあの事件に関わっていた。SP社の創設者であり前任者である兄弟と――彼の所有物だった初期型のアンドロイドが、共に死亡した事件だ」
ロボットに死亡という言葉を使うのが適切だとは思えなかったが、私の複雑な気持ちを知っているシャーロックは、私の言葉を訂正しなかった。
「続けてください」
「ポロネーズ製造に関わった人間が順番に命を狙われるはめになり、一時は私も危なかった。SP教徒はあの頃はまだ水面下で息をひそめていたが、数はかなり多くてな。一部の人間の狂信的なSP信仰のせいで、探偵神話を理解できない人々が暴動を起こしていた時期だ」
「狂信派――シャクレ=ポロネーズは全能の神の与えたもうた使者ではなく、神そのものであると言い出した人々のことですか」
探偵はワットソン犬を見つめた。彼は髭を探偵の太股に擦りつけながらまどろんでいた。
「私も数名会ったことがあります。私たち探偵ロボット同様、教会への出入りは禁止されているようですが……いまだに生き残りがいること自体許容できません」
探偵自身としては自分たちのモデルとなった存在が元で起きる戦争に、心を痛めているのは間違いなかった。
私は静かにいった。
「同じような争いでクライストが磔の目に合い、エロッスラムは滅びた。しかし探偵神話は生き残った。美化されすぎてもはや原型をとどめていないが、探偵は一万年の歳月をかけて愛されてきたのだ。私の兄弟――CD107が、SPの化身をロボットとして大量生産し――探偵価値を地の底に叩き落とすまでは」
シャーロックはまっすぐ私を見た。責める色はなかったが、私はたじろいだ。
「探偵を人間のしもべとして扱うことで、狂信派を一掃しようとしたからですね」
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