ホームズと探偵都市🍊
シャクレ――と私はいいよどんだ。
言語学者によれば、と不本意そうに解説を始めかけた探偵を制し、CDは続けた。「SPディテクティブ社だ。君がまだ試験管の中にいる間に建てた。私と、私たちの兄弟で」
「兄弟、とは」
ドイル遺伝子を持つクローンのことだという。その当時生きているCDは、私を含めて五人だった。
「会社を設立するには四人の署名が必要でね――これはまたそこのシャクレ」彼は咳払いをした。「探偵君に聞いてもらえれば話は早いのだが、帝国内でのSP教の熱は日々高まっている。我々が知っているだけでも半分近くの世帯で探偵信仰が後押しされてきたが、ここ数年はかなり酷い。自分の年も数えられない赤ん坊を洗脳する遣り口で、おいそれと手出しができぬほどに膨れ上がっているのだ」
私は話の根底が見えず、落ち着かなくなった。口元を無意識に触ると、小さな全身像も同じ仕草をした。
「SP探偵社、ですか」私は言った。「まだ聖典と呼ばれる文献に目を通してはいないので――」
「読まなくていい。私は探偵文化に長年疑問を抱いてきた一人だ。探偵神話や派生してそこから生まれた逸話と、名前を変えただけで展開が似た推理ものにも飽き飽きしている」
彼は怒ってはいなかった。退屈そうなだけだ。私はよくわからなかった。「しかし、SP神話の成り立ちも、初めはポー・ランド帝国の真似だったのでしょう?」
「いいかね、兄弟。これからは便宜上CD108と呼ばせてもらうが――ん?」彼は首を傾げた。
「僕をポロネーズと名付けたのは、古代都市ポーランドとは関係ないようです。彼はフレデリック・ショパンを知りません」すかさずポロネーズ探偵がフォローした。「サー、この方は貴方よりオリジナルのCDに近いのです。感覚と語源の認識力が先立ち、細かい名称や時間の観念も曖昧かと思われます。記録係を置くか、ご自身で日記を書く癖をつけていただく必要があります」
CD107は私を見上げた。私は更に落ち着かなくなった。
「今の時代では生きにくかろうな。イニシャルで人の名前と顔を区別するのは並大抵の頭ではこなせん。しかし」ポロネーズ探偵を見る。「それは良かった。彼も私には手に余る人材で、引き取り先を探していたところだったのだ」
私はますます話が見えず、自分と探偵の両方に目を走らせた。
ポロネーズ探偵は言った。「設定ナンバーを解除してください。ケース」
「40……だったか? 探偵神話の年代順で統一したが、やはり曖昧だな。学者のいう正しい日付にばらつきがあるせいだ。解除コードは――“人生はひとりで生きるものだ”」
沈黙。私が焦れて身じろぎした途端、探偵がうなずいた。「貴方は――それでいいんですね」
小さなCD107はにっこり笑った。「心霊にも執筆にも興味はない。私の過去は捕鯨船に乗って冒険にくり出す部分だけで、充分機能してきた。CDの記憶保存はおまえに任せた」
二人の間には説明のつかない空気が一瞬流れた。
「あとは頼むぞ」
「お断りします」
私は大小、目と目で会話する二人に挟まれ、所在をなくして固まっていた。理解を越えた話にどう対処していいかわからない。兄弟のほうが私の様子に気づき、咳払いした。
「これからはシャクレ探偵が君の専属ロボットとなる。SPディテクティブ社の重鎮として君を迎えたいのだが、それでも構わないかね」
私は息を呑んだ。昨日今日産まれて、ようやく生きていく時代の全体図を大まかに知ったばかりだというのに、責任あるポストにつかせるというのか。
CD107は静かに言った。
「名前だけのことだ。言ったはずだ。この国ではどんなことをやるのにも、四人分の署名がいるのだよ。銀行で通帳を発行する場合も、遺伝子謄本を取り寄せるにも、ミルキィ戦隊ナポリタン検定準二級を取得するのにも」
「ミル……準……ナポ?」
「この世には知らなくていいことがあります。黙って聞き流してください」
ポロネーズ探偵が言った。私はとまどって、代わりに聞いた。「しかし、会社のほうはすでに――私以外に生存している、貴方を含めたCD四人が経営なさっているのでしょう? なぜ……」
CD107は私を見た。「SP教徒が夜中に安煙草を吹かしている間に事態は変わった。SPディテクティブ本社の基盤となるSPロボットの販売――名称は本日決まったが、『シャクレ=ポロネーズ』。政府の許可が下りてから何十年間も秘密裏に行われてきたアンドロイド開発議定書にサインした一人が」
――署名文書を持って失踪したのだ、と彼は言った。
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