ホームズと探偵都市🍊
仕様のせいにしてアマゾンは私の信頼を裏切った。JBとの通信を上の空で切って、私はその事実に打ちのめされた。
考えてみれば当然の結果だ。私は彼に対して酷い仕打ちをしている。彼の恋する相手と体の繋がりを持ち、それは互いに割りきっての主従関係ではあったが――皮肉にもアマゾンが間に入ったことで、何かが変わりつつある。
そして私はアマゾンを疎んじているわけではない。困ったことに、彼はシャーロック以上に私の理想としてきたポロネーズ探偵に近いのだ。
私の107番目の兄弟が所有していた――最初期のポロネーズ探偵に。
私は遠いむかしにポロネーズ探偵と初めて出会った日を思い出した。シャーロックではない。最初に目覚めたとき、目の前には男がいた。完璧な美男だった。
「おはようございます、サー。今日は厄介な日だ――まずミセス=ハードソンが依頼人に起こされ、次に僕が、最後は貴方というわけで」
君は誰だね、と尋ねた気がする。役者のように整った顔であった。見覚えはない。神経質そうな眉に特徴があった。鼻が鷹か鷲を思わせる。
「僕は探偵です。名前はまだない」男は機械的な口調で続けた。「何かつけてください」
妙なことを言う男だ。私はポチがいいと思った。「ポ……」男の青い目がカッと開き赤くなるのを見た途端、声は掠れた。
「僕の現在の設定を覚えておいてください。万が一のときに備えて解除暗号をお教え致します。“試験管の色が青ならいい。だが赤に変われば――”」
私は聞いていなかった。意味のわからぬことを言い出す男をぼうっと見つめ、一心不乱に彼につける名前を考えていた。朝食だと出されたものは、とても旨かった。フライにされた牡蠣だ。彼が作ったのだ。家政婦としても自分は一流だと含み笑いをした。
「ポ……ロ……」
「ポロ。古代ペルシアから伝わる我が帝国のスポーツと同じですね。気に入りました」
私は牡蠣を見ながら考えた。このマヨネーズはことのほか美味である。オフランス語の語感は素晴らしい。ポロ探偵ではポチ探偵と変わらぬ。「Polo-naise。ポロネーズ」
「ポロネーズ。英雄ポロネーズか。そういえばナポレオン=ボナパルトを崇拝してらした」夢心地で言った。
私は尋ねた。「誰がだね」
「貴方が」
「今日初めて会った」
彼は――ボロネーズはうなずいた。「あとでご説明します。僕は貴方という存在と、108人会っています」
さあ飲んで、とグラスが差し出される。私はその端正な唇をいつまでも見ていたくなった。私は言った。
「そういえばどこかで会った気がする」
「――顔は貴方の最愛の息子、体は貴方の最愛の弟だからだと思います」
「君の目を見るのがつらいのは、そのせいか」
私が発した言葉に、ポロネーズが目を見開いた。「時が来たのか」
「なんのことだ」
ポロネーズは私をじっと見た。そして早口で言った。「お待ちしていました、どうぞこちらに座って――本当に待っていたんですよ」
「なにをだ」私は困ってしまって、グラスを握りしめた。ベッドから出られなかった。「君は誰だね。胸がとても苦しい。出ていってくれないか」
彼は立ち上がり、扉から出ていく素振りを見せた。私は引き止めようとしたが、彼のほうが拳を握り締め、その場で止まった。
無言劇はいつまでも続いた。私はなぜか不思議と焦りを覚えなかった。ただ胸の痛みはいつまでも去ることがなかった。
つけた名前と違う名前を、不意に思い出した。「ファーリッツ」
彼は不機嫌に唸った。「違います」
「シャープズ」
「違う」
「シャーリングフォード」
彼は振り返った。私からグラスを取り上げる。怒ってしまったのかと顔を覗きこんだが、無表情だった。私は思わず片手を伸ばし、その頬を包み込んだ。彼は目を閉じた。
「――まだ少しなら時間はあります。それまでに思い出してください」
私は急に不安になって、手をおろした。「名前はないんじゃなかったのか」
彼は気難しく押し黙った。まるで子供のようだ。息子の顔だと? 私はその顔を思い出そうとした。彼は今度こそ踵を返した。
扉が我々を遮った。見たこともない鋼鉄の扉だった。
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