ホームズと探偵都市🍊
221階に戻ったのは日付が変わったころだった。私のポロネーズ探偵はポロネーズ=007の交信を受信したらしく、文句を言わなかった。
黙りこくっている私と、同じく黙りこくっているワットソン犬を見比べて、頭を振った。「不景気ここにきわまれり、といった感じですね」
「寝よう。疲れた」
「ナポリたんの愛らしさについて花を咲かせたのではないんですか?」
シャーロックは珍しくファン用語の発音で言った。彼なりに私を励まそうとしているのかもしれない。
「表向きはな――一度に多くの情報を集めるものじゃない。私には探偵仕事は向いてないことがよく理解できた」
彼はうなずいた。「明日聞きましょう。それでよろしければ」
私はアマゾンにもらったナポリタン像の包みを開けた。白のナポリタン像は特別かわいい。さぞ気持ち悪い顔をしていたのだろう。シャーロックがため息を吐いたので言った。
「おまえが嫌がるからアマゾンに頼むしかないんだぞ」
「何も言ってません」
私は探偵と犬を追っ払い、床に埋め込まれたクローゼットのボタンを足で操作した。いくつかのガウンの中から薄茶色でチェック柄のものを選び、手早く着替えてソファに座る。
薄暗い調度品は私の気を滅入らせた。自分が好んで選んだにも関わらず、私の人生は半分が日の当たる場所にあり、残りはこの部屋のベッドで終えるのだ。
照明を落とし書き物をしていると、シャーロックが寝室を訪れた。普段の彼はアマゾンと同じように、依頼人を待ち構える探偵のごとくシンプルな装いだが、私と揃えたように灰色のガウンを羽織っていた。
「今夜は冷えるな」
「空調がうまく作動していないのです。博士が改修工事を依頼するといっていました。高層マンションの需要も今年いっぱいでしょう」探偵はベッド脇に座った。原稿の束を見る。「――読んでも?」
「駄目だ。回顧録の続きだ」
彼は言った。「人工石油の枯渇でインクも高いのですから、そろそろ端末機くらい使いこなせるようになってください」
「考えを整理するにはこれが一番なのだ。ベッドの上と」
彼は黙った。私は沈黙に疲れていた。気が立っていたのだ。「煙草がほしい」
探偵は黙って立ち上がり、備え付け透明家具のひとつに音声指示を出した。家具本体はマントルピースを模して造られたものだが、彼が出したのは禁止薬物指定の煙草ではなく炭酸製造器――これでもかなり旧式のタイプだが骨董ではないためワンクリックで使用できるもの――だった。
「それじゃない。煙草だ」
私はポロネーズ探偵に反抗的なインプットをした自分に怒りを覚えた。初期のころの彼はただ言ったことを皮肉に返すだけの存在だった。ステレオタイプの反応。決まった言語。眼差しのひとつさえ無駄のない動き。
彼はグラスを持って振り返った。同じ動作。蘇る記憶。だが、その目は最初に彼を得た日の何倍も輝いていた。
私は探偵を造り間違えたのだ。
「そうじゃない。もういい」
動くな、といいかけたが、あらゆる人間にかけられた言葉を次々思い出す。人間でないのもいた。私は原稿を脇に置き、片手を伸ばした。彼はぴったり胸におさまった。
触れた唇は冷たかった。ガラスだと最近知った目をよく見ようと、落ちてくる髪を掻きあげる。表情はなかった。私はひどく落胆していた。
「――今日、アマゾンと会った」
「知っています」
ポロネーズ探偵は言った。「ワットソンの注射器が空でしたが、それについての弁明も聞きましょう」
私は口を開きかけたが、それ以上は言わせてもらえなかった。器用に自分の着ている服を脱ぎつつ、私の服も脱がせる。体を入れ替え名前を呼ぶと、何故か懐かしい気がする強い呼び名で彼は応じた。そして――。
私は久しぶりに熟睡してしまった。
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