ホームズと探偵都市🍊


 私は自分の馬鹿さ加減を心の中で罵った。

 御者のポロネーズ探偵はこちらからほぼ見えない。やられた。探偵はロボット工学に基づいて設計されているが――第一条ロボットは人間に危害を加えてはならない――、私に不利な状況についての責任は感知していなかったようだ。

 私は怯えて震えるワットソン犬を抱きしめた。人間がそうすると明らかに生首を抱えて見えるため、小さな体のほうは私の腕から落ちないように必死だった。

「――ポロネーズ君!」

 私は必死で声を張り上げたが無視された。いよいよまずい。シャーロックの勘は当たっていた。

 私はむやみに自分自身で動くべきではなかったのだ。

 馬車はいっそう速さを増して石畳を駆け抜けた。私は通りの看板や住所を読もうとしたが、無駄なことだった。暗いばかりでなく靄がかかっている――汚染霧の一番の理由は例の煙草のせいだ。

 私は探偵に知らせる方法を急いで考えた。誰かに連れ去られることそのものより、シャーロックを一人にしておきたくなかった。彼は額に穴を開けてまで私を守った。私は早く素直になるべきだった。もっと早くに。

 せめてワットソン犬が居れば、彼の慰めにもなった。ポロネーズ探偵が私を狙いうちしてくる理由はひとつだ。彼も危ない。

 また失うのか――失ってから気づくのか。

 ワットソン犬は事態の緊迫した雰囲気にもめげず、私の顔にキスをしてきた。注射針が痛い。フッフッフッ。私の笑い声ではない。犬の荒い息づかいだ。

 無念だ。犬に発情されながら一本の腕を与え、私は死の谷底へ向かう馬車の中にいる。あまりにも無念だ。ワットソンは私の口髭を噛みながら、いまにも臨界に達しそうだった。

 私はハッとした。「ジョン。コカインだ」

 ワットソンは聞いていなかった。私はその赤く染まった血色のいい頬とぬめりをおびた唇から目をそらした。怖い。非常に怖いがやらねばならない。

 私は犬の股間を掴んだ。ワットソン犬は息をつめた。しかし注射器を離そうとしない。当然だった。ワットソンは腰を振り始めた。

 ポロネーズ探偵が毎日やっている行為の説明には、肝心な部分が欠けていた。甘い蜜を得るには特殊なアプローチが必要なのだ――つまり自慰の手伝いだ。

 私は長い人生で一度も触ったことがない箇所への探索を始めていた。ソコが注射器だとは書いたが、誰もタマがないとはいってない。

 深刻な事態への思いは、己のプライドと共に打ち砕かれた。私は卑小な自分を呪った。ワットソンだけが私の唯一の救いなのだ。これは今や紛れもない事実だ。

 ワットソンはモジモジさせていた足を蹴りあげ、ピーンとなった。私は自分の仕事を完遂したことに勝利の雄叫びを発した。もちろん心の中でだが。

 注射器は本体から外れた。ワットソンは形容し難い顔をしていた。彼が危機を前にして私への信頼を高めたのは見てとれた。あるいはそれ以上も。

「よくやったぞ、ジェームズ!」

 それは単調な名前を気の毒に思っていったことだったが、ワットソンのほうはそうは受け取らなかった。

 彼は私の腕を蹴って足元に降りた。空虚な場所をかばって丸くなる。外へ出る瞬間までそうしているつもりらしかった。

 馬車が止まった。私は注射器を構え直した。それ以外は微動だにしなかった。小さく息をした。

 一回。

 二回。

 扉が開いた。「降りてください、CD。注射器は元の位置に戻して」

 エティエンヌ・ジェラール隊長の声だった。


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