ホームズと探偵都市🍊


 SPディテクティブ社のシドニーが連絡してきたのは、その翌日だった。彼は画面の向こうで快活に笑ってみせた。

「うちではお受けできませんと申しましたよね」

「受付の女性は人気コンテンツのひとつだと――」私は下手に出るのが急に馬鹿らしくなって言った。「君のスペルを忘れてしまった。名刺を貰ったと思うのだが、どこにやったか残念ながら思い出せん」

「よそに頼んでください。そうすべきです」

 私は彼の態度を不審に思った。以前会ったときとは印象が違う。「ポロネーズ=アマゾンと知り合いだそうだな」

「彼のことはよく存じ上げています。では失礼」

 とりつく島もないとはこのことだ。私は通信の切れた画面に呆れてしまい、楽しみにしているであろうシャーロックのことを考えた。

 約束を果たすにはどうすべきか?

 私は部屋に寝そべっているワットソン犬を見たが、何も思いつかなかった。気味が悪いという感情は徐々に薄れ、私はこの愛玩動物に慰めを求め始めていた。

「ジョン」

 ワットソン犬はしぶしぶといった風に傍にきた。単純な名前をつけたことを悔やんだ。

「私が悪いのはわかっているのだ。自分でも年々気難しくなっていくばかりで非常に疲れている――」

 彼は鳴かなかった。ついてこいと言わんばかりに尻尾を振り、私の周りを回った。

 私は普段は行く気になれない場所を訪ねる気になった。

 エレベータを降りるたびにあの光景を思い出しては身をすくませる。私は犬に首輪をつけるかわりに、何か身元を証明するものを選ぼうと考えた。

 通りは人気でごった返し、霧の汚染も今日は晴れていた。だが、少しさきの通りでアドベンチュアの被害に会っているご婦人を見てしまった。

 探偵の突然の痴漢行為にも理由があるのだろうが、された本人はたまったものではない。手持ちのパラソル――おそらく護身用の熱線銃がしこんである――で探偵をつついていた。

 知能指数弱めの探偵は、どこでもかわいそうな運命にあった。

 野次馬だけが彼の謎解きに興味深々だ。しかしかなり回りくどい説明に、たいていの観客は逃げてしまった。ポロネーズ探偵はご婦人につつかれすぎてヨレヨレだったが、彼女のスカートの下に落とした金貨を拾ってあげようとしただけだという説明に、早口で三万語は使っていた。

 私は逆方向に行きたかったが、ワットソンが止める間もなく走った。

 ご婦人のスカートの中にもぐり込み、金貨を加えて出てきたところの尻尾を踏まれるまでに約十秒。

 驚異的な速さだが、どちらも感謝されることはなかった。金貨は物乞いが持ち去ろうとした。それをまだ残っていた観客が取りおさえた。

 彼らは自分たちでも対処できる程度のアドベンチュアに満足そうだった。乞食も捕まえられて満足そうだった。乞食は好きで乞食をしているので当然だ。

 ハッピーエンド。ご婦人をのぞけば。

 私は外出が嫌いだ。この話でわかっていただけるか不安だが、すべてが狂喜に満ちていた。毎日がこの調子なのだ。

 私は通りすがりの探偵を振り返った。探偵が小さく呟いた声を、私は聞き漏らさなかった。ワットソン、今後もし僕が自分の力を過信することがあったら――。

 ワットソンは、「ワン」ではない鳴き声を発した。


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