ホームズと探偵都市🍊


 家へ帰るとシャーロックが不満そうに立っていた。

 彼はワットソン犬をたしなめ、骨ならぬ棒人間を彼から容赦なく取り上げた。少し可哀想だが仕方ない。

「何か手がかりは見つかりましたか」

「本当はこれはおまえの仕事だ」

 シャーロックはいった。「私は頭脳そのものです。他の部分はただのつけたしです」

「そうとも」私はポケットから出した棒人間を彼にやった。「ロボット工学もSP教もそう言っている。おまえは機械で、頭脳そのものだ」

「他の部分について考えたことは」

「さあ仕事にかかるとするか。おまえのほうの調べものは……なんだ?」

「他の部分です。私や、アマゾンや、他のポロネーズ探偵の」

 私はあんぐり口を開けた。しばらくそのままだったが、焦れたポロネーズ=シャーロックが言った。「今私の目の前にいるのはヨーロッパ一の大馬鹿者です」

「それは自分のことを指して言う言葉だろう――また気でも触れたのか」

 彼は私の様子に諦めたようだった。踵を返す後ろ姿に声をかけるが、返事がない。

 午前中はアマゾンの所で、午後は家から一歩もでなかった。つまらぬ感傷が頭をもたげ、気がつけばポロネーズ探偵ではなくミセス=ハードソンを呼んでいる。

 巡回中の彼女はナポリタン像の掃除だけでも一時間かかる真のポンコツだ。私はナポリタン像を発注しなおすための注文書を渡したが、彼女は迷惑そうだった。

 その日のうちにSPディテクティブ社から連絡が来た。珍しくポロネーズ探偵ではない。私は画面の担当者――人間だとは限らない。アンドロイドかもしれない――にそっと聞いた。

「アドベンチュアの保険適用申請をしている者ですが、うちへ来た中にシドニーという名前の人は――」

 住所も名前も検索は一瞬だ。声帯を使った認証登録は私のような人間には便利だった。少々お待ちくださいと言われる。この少々は曲者だ。私は鐘の音が鳴るとき以上の苦痛を味わった。

「お待たせいたしました。本日は出勤しておりません。こちらから折り返しご連絡させていただきますが、他に言伝てなどございますか」

 それは困った。私は言った。「ポロネーズ探偵の目のことでと言ってください」

「サファイアガラスですね。最高級のものをご用意しましょう」

 なんということだ。知らなかったのは私だけなのだ――私は気を取り直した。「あれはどうにもならないのですか」

「はい?」

「その」私はくちごもった。そして決意した。「金額はいくらかかっても構いません。ガラス以外に代えてやることはできませんか」

 相手は押しだまった。更に貴重な時間が流れる。通信費もただではないんだぞ。「少々お待ちくださいませ」

「お待ちくださいますよ」私がイライラと机を叩いていると、扉からワットソン犬がこちらを覗いている。しっしっと手を出すと生首がクルッと真下を向いた。私は大声を出した。

「どうしました」とポロネーズ。この馬鹿を追い出せ、と私は半狂乱になって叫んだ。

 世の中には罪もない小さな虫を嫌って殺す人間もいるが、私はやはり罪もないワットソン犬を飼うべきではない。この生首は不満を持つと頭をくるくる回転して意思表示するのだ。普通の犬ならまだしも生首だ。

 私はポロネーズ探偵に向かって何を言うべきか。スクラップに出すべきはこいつとそいつ両方じゃないのか。

「お待たせいたしました」画面の女性はにこやかだった。「ご希望の宝石をお聞かせ願えますか。ポロネーズの特注製造は我が社で一番人気のあるコンテンツです。目は口ほどに物を言いますので、特別な石をはめ込んであげたいお気持ちはよくわかります。愛用者の方々は皆さんそうおっしゃいます」

 私は黙ったままだった。機械のほうは身動きしなかった。女性は響く声を張り上げた。「お誕生日ですか。ハロウィーンのサプライズでしたらオプションに素敵な粗品もおつけできますけど」

「次回にします」

「えっ……」

「シドニーへの伝言も忘れないでください。では」

 画面の女性が消え、探偵は無表情に私を見た。私は顔が紅潮するのを感じた。「なんだ」

「先ほどの軽口は訂正します。大馬鹿者は私でした」彼は神妙だった。

「だから最初からそう言って――」

 彼はワットソン犬を抱き上げ、生首を元の位置に戻しながら言った。「カーバンクルの値段はもっと馬鹿げているので、覚悟なさってください」

 私は彼が微笑んだのを見逃さなかった。


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