Birthday
去年は柳のパイプ。インディアンの手作りらしいというが、どこをどう見てもイギリス製だ。
一昨年は『松脂の種類と演奏家の技術』。望んで買って貰った、人殺しに使えそうな厚みの図鑑だ。本棚で存在を主張している。そのまえはワトスンが料理を振る舞ってくれた。味わい深いというか、食べられない味だった。
年明けに大雪が降り積もったせいで、プレゼントは買いに行けそうにない。実際朝からずっと下宿にいる。
まさか今年も手料理か。いやいや、ハドスン夫人が止めてくれるのを祈ろう。自分で作ってもいい。あの年はワトスン自身が痛い目にあい、腹を壊したんだ。もうない。そう信じたい。
当の本人は相変わらずペンを走らせ、事件を記録している。机のまえにいるときは、話しかけない約束なのだ。静かにしておかなければ。
ああ、バイオリンの練習がしたい。よすか。いや、今日は誕生日だぞ。待て、忘れてるんじゃないか? 助かった、料理は避けられる。
でも少し寂しい。
毎年クリスマスは適当に済まし、誕生日は盛大に過ごしてきただけに。忘れる? 今朝マイクロフトからカードが届いた。ワトスンも見たはずだ。
今年はやらないことに決めたのか。
祝ってもらっても喜んだ顔を見せないからか。たまたま訪れたレストレードに、料理を全部食べさせたからか。翌日、ふたりして苦しむのを横目にして、ハドスン夫人の特製朝食をひとりで食べたからか。
しかたないだろう。朝食だけにはこだわりがあるんだ。まさか、レストレードも忘れているのか?
ああ、それとも。あの日も事件だときいたものだから、レストレードの代わりに仕事をしたのがまずかったか。
手柄はちゃんと渡したじゃないか。そのわりに給料が安いのだって知っている。プレゼントなんていらない。ちょっと酒を飲んで、他愛ない話をして、上等の葉巻をふかし、相手をしてくれたらいいのだ。
僕はきみたちと違って、友人が極端に少ないのだよ!
「ホームズ? どうかしたかい」
「え――あ、バイオリンなのだがね」
「弾いてくれ。あと少しで終わる」ワトスンはペンを置いて、肩を揉んだ。「ホームズ。ところで」
「サラサーテの真似はまだできない。リクエストならもう少し簡単な」
「いや、君のバースデイのことなんだが」
――覚えていた!
危ない。らしくないはしゃぎ方をするところだった。冷静に。冷静に返事をしよう。
「……ふうん? いくつになるんだっけね。思い出せないのだが」
「おめでとう。プレゼントがあるよ。そこの本だ」
その指をさす方向には、見覚えのない薄い本があった。
ワトスンがニヤリと笑みを浮かべた。
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