ホームズの旅立ち🍊


 一週間がすぎても被害者四人の共通点はみつけられなかった。警察署でそれぞれの仕事をこなしていると、ジョーンズがいった。

「全員身分が違いますね。住んでいる場所も離れていますし――出身校は同じ人間がいますが」

「誰だね?」

「この二人です。ケンブリッジの学寮で同級だったようです。一時は仲もよく卒業後手紙のやり取りがありました。書簡を預かっていますが、特筆するような内容ではありません」

 私は手紙を受け取り、しばらく走り読みした。共通の友人で流行ったのであろう韻文を含んだ手紙で、日常の些細な出来事が主だった。

「最初の犠牲者が出た数年前までの交友関係をさかのぼると膨大な人数になりますから、二人の間にまだ友情以外の何かがあったのか、確認はほぼ不可能です――」

「友情以外の何か?」

 口を滑らせた警官に、ジョーンズ刑事が咳払いで応えた。

「独身時代の――二人共すでに結婚してますから――あー……」

「被害者の性的嗜好はこの場合関係なさそうだな」私は彼を見つめた。「なんだい」

「他人のプライバシーに首を突っ込むのが君の仕事だ」

「ご教示ありがとう。僕が探偵稼業にいかに向いてないか、よくわかった。証言した人間にだけ話を聞きにいくとするか」

「私も行こう」

「あのねドイル君」ホームズはため息をついた。「たしかに慣れない仕事――本職がどちらかについての議論はもうやめよう――の依頼が久しぶりに来たから、助けてくれと泣きついたのは僕だ。そうだとしても、毎回親猫のようにまとわりつかれたら……」

「わかった。では私一人で行こう。ジョーンズ、住所を」

「いや、だから僕一人で――」

 私は頑として譲らなかった。ホームズ自身も気づいていない心情を察知したのが理由だ。彼は苛立って機嫌を損ねるのも馬鹿らしいと思ったのか、頑固だねと言い残して自分は三番目の被害者の親族を調べに行くといった。

 家族に電報を送ろうと外へ出ると、ジョーンズが慌ててやって来た。

「先生、ホームズさんが警官ども相手にワトソンフィギュアの促進販売会を始めました。張り込み中に風紀が乱れては困ります。とめてください!」

「――」

「あの作りでお値段以上は認めますがニーキュッパって何ですか。明らかに大人の玩具市場価格に違反していますよ。いえ私ではなく同僚刑事が集めているので、いや、その」

 私は無言で踵を返した。

 椅子に座ったホームズの元には誰もおらず、さみしそうな背中を丸めて、ぶつぶつと呟いているだけだ。「信用されてない。当然だ。遊びにのめりこんでた罰だ……」

 肩に手を置こうか迷って、私は扉越しにこっちを見ているジョーンズを振り返った。心配そうだ。

 私は咳払いした。自分で思う以上に大きな音に、誰か重役でもきたのかと周りの人間のほうが振り返った。

 ホームズはいきなり立ち上がると後ろ手にワトソン君を隠し、髪を撫で付けて振り返った。


「やあドイル君。ずいぶん早かったね! さすが霊媒師と交流のある大先生はやることが違う。怪しい証言者の裏を、得意のスピリチュアルでとってきたなら、そこへ丁重に置いといてくれたまえ」


 私は開きかけた口を閉じた。ホームズは一瞬しまったというような表情を浮かべた。私は彼を許した。


「学生時代の友人知人の、社会的名誉を汚しかねない噂話を、本人が死んだのちでも軽々しく話すような人間にこれから会いに行く。不快な思いをするだけだから君には来てほしくない」

「……ドイル君」


 ホームズは困ったように指を組んだ。そしていった。


「以前から思っていたのだが、周りも君も僕の性的嗜好を勘違いしているようだ。僕は男が好きなわけではない。現にこれから結婚しようと思う女性ができた。仮に証言した奴が人間愛についての酷い差別主義者であったとしても、僕の心はヒヒの尻毛ほども痛まない。抑えきれない恋愛感情の機微を知らないだけだと憐れみはするが」

「知り合ったばかりの女と結婚するのにか」私は慎重にいった。


「その点については今後も彼女とよく話し合って決める。被害者の二人がどういう経緯で男色関係にあり、異性と結婚する気持ちになったのか知ることは、今の僕自身のためになると思うからついていきたい」ホームズは微笑んだ。「ひとつ言えば君は周囲の人間に対して過保護すぎる」

「私の依存心からだ。こと君に関しては異常なほどだ」

「ときどき心中しようとするのはそのせいかい?」


 私は息をつめた。「……お互い踏み込みすぎだぞ。もうよそう。ついてこい」

 遠巻きにしたままのジョーンズを振り向いて、にらみつけた。しかし彼は私の様子にほっとして、また自分の仕事に戻った。なぜだ。

 私はしばらくして自分の言い間違いに気づいたが、取り消すことはできなかった。





 ホームズがいつもの上機嫌にもどり、煙草に火をつけていたからだ。




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