ホームズと生ける屍

 そのように数多の阿呆をやらかしながらでも、探偵は奴らの生態、あるいは痴態を着々と見破っていった。



 子供も作れて知能も猿くらいにあるのなら、別に新人類として暮らしてもいいのではと言う向きもあるかもしれない。

 問題はちょっと痛そう。いや、かなり痛そうな現実に耐え切れるかどうかだ。そして穴という穴から形容し難い粘液が漏れる見た目。

 探偵は年を取っても自分は清らかな乙女のようだと考えていたので、ストイックさのかけらもない姿をさらけ出すのは無理だと思った。

 しかし今更そうなったところで食糧難は目に見えている。生肉しか喰っても満たされないという厄介な体質に変わるのだから。


 ――せめて吸血鬼なら……なぜ吸血鬼ではないのだろう?


 その違いは永遠の謎だった。天と地ほどの差に見えるが、まあ要は中身が腐っているかいないかのことだけである。

 肉体的には同じく死んでいても、孤高の美しさを持つ生き物と、奴らは何もかもが違いすぎる。

 探偵は首を振った。すべてはこの実験にかかっているのだ。これさえやりきればワトソン君の元へ戻れる。


 ワン!


 そのとき、初めてゾンビの一人が犬の方を向いた。

 これ以上ないほど大きな声を上げたトビー三世の気持ちを考えると、探偵の手は震えた。息をつめて見守る。

 寂しい老人にとって愛玩犬は子供のようなものであり、激しく自分の選択を後悔した。

 どうして村の年老いた神父を囮にしなかったのだろう? 養蜂場を荒らすアメリカの若者を吊し上げればよかった!

 銃を構え直し、地に伏せる。その中には数ヶ月かけて蜂蜜で作った特殊な液体が仕込まれていた。

 ゾンビを殺す力はない。殺したければ頭を撃ち抜けばいいだけだ。これには他の目的があった。

 蜂自体を育てる時間も無かったため、農場の管理者を実験の協力者としていたのだが……その家族連れもサセックスに新人類が来たとなると、荷馬車を担いで出て行ったのだ。


 ――少なくとも。少なくとも、これだけは解決しなくては。


 名探偵として名を馳せた自分が、世紀の事件に何もできず手をこまねいていたなどと。愛しのボズウェルに書かれては困るではないか!

 一体のゾンビが両手を掲げて犬に近づく。足は引きずり頬はこけ、原形がどんな顔をしていたかはわからない。

 続いて一体がカリフラワーの残滓を顔につけたまま、どう見ても死後一年は経過してる肉体で歩き出した。

 この分だと、残りの一体が新人類的には若者の部類だ。しかしいまだに背を向けている。

 トビー三世は辺りに漂う臭いのせいか、腰を引き気味に後ずさりした。

 最初の一発を腹に命中させるまで、実に五分は待った。連日の雨にぬかるんだ土に足を取られ、通常速度のおよそ二倍も足捌きが遅かったからだ。

 一体目のゾンビがあっさり土に埋もれたにも関わらず、学習能力皆無の二体目がトビー三世に近づいた。その首にさらに一発お見舞いする。

 直角に伸ばした両腕が地面に突き刺さり、痛そうだった。

 あの仕草は死後硬直による不可抗力の産物であり、自分に責任はないと探偵は口の中で繰り返す。

 最後の一体がこちらを振り向く気配は全くなかった。疲れ果てた探偵は、丘からそっと体を起こし、一体ならばとトビー三世に近づいた。

 三体目は探偵の生きた肉体にすら気づかないようだ。干からびた皮膚に魅力を感じないのかもしれないなと、探偵はトビー三世を棒から外し持ち上げる。

 治まらない悪寒を抱えて、家に帰る道すがら犬を撫で続けていた。





 見逃すことにしたゾンビの体型が、ワトソン君に似ていたせいだった。




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