ホームズの醜聞
いくら頼んでも我が同居人がやめない趣味がある。私はそれを、『シャーロック・ホームズの醜聞』というタイトルで書き溜めていた。
しかしある昼下がり。ハウスメイド姿のホームズが、居間で葉巻を吸っていた。
「またかい、ホームズ?」私は彼の格好にのけぞった。
ホームズはうなった。「なぜ顔をそむけるんだ、ワトスン」ホームズは女性用のかつらを自慢げにさわった。
「なぜって」
わたしは直視できずに目をさまよわせた。
「怖いからだ! ――まさかそれで出歩いちゃいないだろうな」
「葉巻はやめたほうがいいかい?」
即答したいところだが、ホームズのことだ。きっとなにか深い理由があるに違いない。私は目頭をそっとおさえた。
「その格好に、なにか意味があるのかね」
「一度着てみたかった。それときみの反応が楽しみで」
私は買ってきた新聞でそちらを見ないようにし、離れた椅子に座った。
「今朝がたホプキンズ警部にプロポーズされたほどの出来なんだが。腐りゆくきみの審美眼に警鐘をならすね!」
「ヤードの半分は変態だからな」私は新聞を投げ捨てた。「今週はレストレードから僕あてにラブコールが三通届いた」
「彼はきみを女王だと思ってるよ。きみの胸毛がいかにフサフサして、摘むとどんな声をあげるかいったら……」
私の顔を見て、ホームズは両手を上げた。
「うそはついてない。酔っ払うときみはすぐ脱ぎたがる。あ、えらいこった! お客さんだ」
階段を駆け上がる音が。
私はひざかけを引ったくり、ホームズの頭からかけた。扉が開く。
くせの強い茶髪の、背の高い紳士が立っていた。
「ホームズさんは?」
私は咳ばらいした。「私がシャーロック・ホームズです」
「――ではそこで燃えているのは?」
振り返った。ひざかけが燃えている。たたいて火を消した。
かつらごとひざかけをとると、椅子の上でホームズがちいさくなっていた。
「ひどいな、ホームズ君?」葉巻は吸ったままで、ホームズはいった。 「髪は燃え残っているだろうね」
中途半端なメイド姿で、ホームズはにっこり笑った。
「おや。奴は行ってしまったようだ! 不思議そうにしなくてもいい。記者が来るのは電報でわかってた。変装の出来いかんでは、ハイエナから逃げおおせると思ったんだが。ありがとう、ワトスン。パイプをとってくれないか」
私はめまいをこらえた。
夕刊での見出しは『ワトスンの醜聞』に書き換えられていた。
End.
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