歯車は止まらない
縦にも横にも大きな男が夜道をやってきた。正面に立てば鮮やかな外灯に照らされる。
馬車に乗らなかった理由を一瞬で推理したが、開きかけた口に唇が寄せられた。抗議の呻きは吸いとられ、腕は後ろに強い力で押さえ込まれる。ぶつかりあった帽子が足元に転がった。
深夜の通りに人はいない。ときどき巡回中の巡査が通るだけだとわかっている。しかし下宿はほんの目と鼻の先であり、自分が抜け出したことを知らず、相棒は眠っているのだ。
仮に不在がばれてしまっても、何とも思わないだろう。医者は男に興味がない。探偵がどこで何をやっているかなど考えたこともないはずだ。
「……っ」
探偵は反抗的に相手をにらみつけたが、男のほうが上手だった。髪の後ろを引っ張られるとおとがいが上を向き、差し込まれる粘膜の繋がりが深まった。この手の巧みさをどこで身につけたか、知りたくないことまで理解できる自分の頭を探偵は恨んだ。
「私に対して愚かな文句をひとことでも言ってみろ。二度と喋れぬように舌を噛みきってやる」
荒々しい息で互いの前が白く染まる。青白い探偵の顔に一瞬羞恥の色がよぎった。外套を割った手が自分の隆起をさすりあげ、熱を持つそこを乱暴に揉みしだいた。
「ドイル……! よせ」
「知られたくない男がいるからか」下宿を見上げた。「欲求不満の雌犬に戻れ。こっちだ」
組まれた手を押さえるが、抵抗する暇も与えられない。杖で帽子を拾い上げると、せかせかと歩いた。探偵の予想通り、角を二つ曲がった裏手の路地に、四輪馬車が置かれている。馬もいない上に無人だ。
「御者に金を渡して見張るよう言いつけた。一時間だな」
「――」
「どうした。電報は受け取ったぞ。入れ」
会いたいと打ったわけではない。ワトスンが彼と行っている共同出版についての、事務的な内容だった。隠れた意図をなぜ理解したのか。自分でも解けていない謎解きをなぜ――。
見くびられたものだ、とドイルが言った。「SHで来る電報の意味がわからんほど、朴念仁ではない」
それは自身を過大評価しすぎだ。馬車の座席に押し込まれ、外套だけ脱いで高まる情熱を擦りつける。これが欲しいのかと向き合いながら服を剥ぎ、ほぐれきっていない後控に突き挿れ。こんな。
こんなやり方でしか愛情を示せない。それが朴念仁以外のなんだというのだ。
ここか、と答えの要らない問いを出す。愛情ではない。執着だ。耳にこびりつくような執拗さだった。優しい睦言ではない。楽器のように啼かされている。絶え間なく繰り返す抽挿を更に奥まで欲して、高々と腰を突き上げた。前を扱き上げる手がいっそう早まる。
「……っ、っん! よ、せ」
「やめていいのか」ドイルは動きを止めた。「中はそうは言ってない――締めつけて潰そうという魂胆だろう」
「ん……ぁ」
突起をつまみ上げる指に喘いだ。シャツの上から緩慢な刺激が全身に走る。がくがくと震えだした臀をひっつけ、打ちつけられれば質量の大きさにおののいた。厄介な身体になってしまった。満足できないもどかしさで、もっとと要求している弛んだ奥の襞が、牡をしめつける。
「ドイ、ドイルッ」
「……っ」
ごくりと飲み込む唾の音を耳に捉えたとたん、小刻みな揺れが探偵の身体を襲った。高い声で相手を誘うと、彼は応じた。「もっと揺らせ。浮浪者か誰かは聞いているかもしれんな。発情期の猫のような声がたまらん」
熱い芯の突きが深まる度に、身体が跳ねた。奥底の塊を攻められ、体毛を撫でる指が下から這い上がってくる。じわじわとした腰の響きがつらい。収まりきらなかった身体が椅子の角に当たり、痛みを覚えた。短く叫ぶとドイルが気づいた。
「肩に手をまわせ」
「しがみつけと……言うのか」探偵はようやく口にした。今夜初めての意味のある言葉だった。「まだすべて脱げきってないこんな姿で臀を持たれて侵入を許し、接合部をさらけ出して求めろと僕に言うのか」
承諾もなく抜かれた。拡張された穴のひくつきを感じたが、手早く脱がされる。外気の冷たさに震える裸の肩には男の外套がかけられた。
「――満足か」
カッとして背けた頬をもどされ、口づけられる。持ち上げられた膝で跨ぐと、重力に逆らうことなく怒張を体内に挿入した。抵抗してもしなくてもやることは同じだ。望んだのはこれではない。ではなんなのだろう。
この男に、これ以上の何を望めばいいのだ。
「ぅ……んぁ」
頭をもたげた探偵の屹立が、ドイルの腹を擦った。深く黒々とした密林の茂みで、そっと己を慰める。抱えた顔が呆れたように探偵の高い座高を見上げた。
「頭をぶつけるぞ。もう少し身体を前に」
「見え……るだろう!」
「なにがだ――ああ、だから着せたのだ。暗くて何も見えんよ」
浮かせた腰を慎重に下ろすが、狭すぎてどうにもならない。短い喘ぎと呼吸が焦らすように猛りを擦り、興奮させた。男二人で窮屈な馬車の中、汗と精液のこもった匂いだけで背徳的な雰囲気が漂う。上半身をねじられて息を止める。内部を擦る雁が段差を利用して幾度も刺激を呼び、探偵は生理的な涙を流してよがった。
「いっ……いい、ドイッ」
ほとんど後ろだけで逝きそうだった。大事なものでも扱うように、ドイルの髪を撫でさすっているうちに、結局抱きしめていた。腿を掴んでいた指がゆさぶるのをやめ、会陰を行き来すると更に甲高い声で啼く。
もっと来いと蠢かす臀をなだめ、ドイルは彼を一度解放させてやることに決めた。少し握っただけで気をやった本体から、生暖かな欲望が出る。くたと脱力した身体を起こし、繋がったまま向かいの椅子に押しつけた。
「ぁ……ド……」
本気で抵抗されるとただでは済まない。拳闘の腕比べはしたことがなかったが、ウエイトの差以外で勝てる自信はなかった。
探偵の額を拭った手が、そのまま彼を仰向けた。口づけの応酬を嫌がることはめったにない。朦朧として見えても冷静に相手の行動を先読みしてしまう脳を崩すため、蕩けるような長い時間をかけて口内を探った。
「ぅく……」
萎えたものに添えた手をゆっくりと動かした。半分勃ち上がる。絞め殺すつもりなのではないかと思うような腕を肩から落とし、椅子に寝かせた。
見るな、という要求をのむ馬鹿はしない。半身をのけ反らせて起き上がろうとする胸を押さえ、結合している場所をドイルはじっくり鑑賞した。
「こっちのほうが淫靡だ」
「ぃ……」
「今夜はやけに締まるな。使ってないのか」
短い沈黙。――だけだ、という声に、ドイルは聞き返した。探偵ははっきりした声音でいった。
「貴方だけだ、と言ったのだ。いつもだ。だから呼ぶのだ」
どくりと大きくなった質量に、探偵は悦びを隠した。それ以上は言えない。伸ばした指を掴むと、先に一本ずつ口づけられる。薬品でがさがさの皮膚から走る電流のような痺れが、探偵の全身を覆った。ゆっくりと抜かれて挿される。動きは徐々に早まり、喘ぎもすすり泣きに変わった。
帰れば男にも妻子がいる。妻は死んだが相棒の相手も自分ではない。余計な想いを振り払う努力は必要なかった。馬車がぎしぎしと軋む音を意識の遠くに感じながら、探偵は捕まえているものを逃すまいと力を込めた。二つに折った身体のせいで濡れそぼつ陰部があらわになり、ドイルの目も一瞬眩んだ。
それでも後始末に困る愚行を犯さない。引き抜かれた勢いで探偵が逝くのと同時に、彼の胸元に放った。
君だけだ。だから来るのだ。
ドイルの唇が暗闇でたしかに動いたが、あふれ出る自分の残滓で目を閉じたホームズには言葉は届かなかった。
End.
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