なんと脆弱な


「お姫さま抱っこです」

「――抱っこ?」

 教授は困ったように眉をひそめ、書き物机の上に眼鏡とペンを置き、私に両腕を伸ばした。まくり上げた細腕にかぶりつきたくなる衝動を抑え、私は抱きついた。そのままたっぷり一分。床に座りこんで微動だにしない私の背中を、教授は指でツンツンとつついた。

「待っているが」

「違います。僕がされる側を希望しているので」

「腰の骨が折れる。ドイル君。いい加減冷静になって、自分の体格を理解してほしい」

 私は頑として動かなかった。ウィギンズを始め、教授の元には連日たくさんの浮浪児が詰めかけていた。小児科の件に関しても彼は受け入れを決めているようだ。年々忙しくなる互いの時間が、教授との距離を大きくしている。

「筋肉量は学生時代より減りました。今なら可能。むしろ今やらなきゃ一生無理だ」

「代わりに腹のほうがついてきてる。どこからそういう発想が沸くのだ。馬鹿馬鹿しい」

 教授は机に向きなおった。怒ってしまったかと顔を覗けば、目が笑っている。

「妻が結婚前から愛読している三文文学からです。侯爵貴婦人が専属老執事の快楽のるつぼをあの手この手で翻弄していく歴史スペクタクル巨編」

「そこは逆じゃないのかね……老執事? 夫婦揃ってずいぶんマニアックな。君の愛読書ではあるまいね」

「あんなものを常時読み続けていたら僕の文学まで窒息します。エロスの波うち際で『わたくしの足指をおなめ』と貴婦人が言い、孔雀の羽根で執事の情熱的な箇所をこちょこちょやりながら、一人だけ絶頂に至るところまでしか読んでません」

「全五百ページ中三百五十ページくらいまでいってそうだが」

 私は話をもどすか、姫だっこを諦めてマニアックな道を探索するかの決断を迫られた。孔雀の羽根などないが、ペンを置いたのはチャンスだ。足の間に顎を埋めると呆れたようなため息が降ってきた。

「疲れるからしばらくよそうと話しただろう」

「抱っこよりは腰もマシでしょう」

 静かな股間に服の上から口をつける。時間がかかることは承知していた。髪をすく指を手にとって舐める。

 引きずり出したほうの世話は教授自身の指に任せ、ベルトをはずして下を剥き出した。しばらく玉を舌先で転がすうちに少し上昇。はやる鼻息ごと上向けられたが、もう片方の指は別の仕事に忙しい。

「……っ、ふ」

 合わせた唇から漏れる声が淫らだ。息継ぎのため離れる度に赤くなっていく。苦しくなる下腹部を触らないように、上着を脱ぎながら何度も口づけた。何がおかしいのか含み笑い。こっちはドクドクと脈打つ臨界に手こずって、言葉も出ないというのに。

 教授は自慰にいそしむ指を緩めて、私を手伝った。タイもカフスも少しずつ取り払う。丁寧な仕草に焦れて、首筋にしゃぶりついた。ふっ、んっ、と弱い喘ぎにいい気になって抱きしめる。

「ボタンがはずせないぞ」

 シャツは自分で脱いだ。つまらない意地で恥ずかしがっては気持ち悪さが増すばかりだろう。昼間からやりだすと罪悪感が急に襲う。暗い室内で睦言から始めるときとは違う空気が、どこまで遊びか、どこから本気なのかを曖昧にさせるのだ。

 半裸で絨毯に横たわり、もつれあってから戸惑った。いつの間にか私が上だ。教授は私を片手で引き寄せた。白くなった髪に顔をうずめる。擦り合わせた互いの熱が湿った音を立てて、私の気持ちを煽った。

「ドイ、ル……」

「はい」

 何度も何度も擦りつける。腰の負担に関しては同等なのだが、やる気のあるときの前戯は痺れるように気持ちいい。発情期の獣にでもなった心地で、割れるような雑音を無視した。耳に入る熱い熱。差し入れられた舌先がざらりと音を発する。私は堪えた。

「しても」

 もとよりそのつもりだったが、ゴーサインが出れば気は楽になった。至る場所を覗きこもうとすると、それはよせ、と制止が入る。体を入れ換え、濡れた怒張を擦りつけること数分。私は一度イッて謝ったが、返事がない。教授は床に折り畳んだ腕に顔を伏せている。息をつめているのか、尻も脚も緊張していた。私は初めて指で触れた。ただ触れただけだ。

「っ……ん……」

 痔持ちの患者を相手にするのは慣れているのに、それ以上がわからない。手探りで自分の場所の様子を見たことはあったが、重なる襞の具合を感じただけで冷めてしまった。塗り込んだ精子の助けを借りて、指先だけが入る。同時に前を弄ると教授は体をよじった。

 紅潮した背中に唇を這わす。頬擦りすると、体が小刻みに震えた。口髭が絵筆のようで、くすぐったいのかもしれない。

「っ、ぁ」

 拡張していく部分は部分として、しばらくいろいろな場所の探索に励んだ。舐めたり口づけたりすると、新鮮な反応が返る。

「私で、……遊ぶなっ」

「すみません、つい」

 仰向ければ息が上がっているだけでなく、顔も上気していた。薄い胸板に軽く指を這わせると、びくっと縦に跳ねる。先端に溜まった先走りが少し出て、私の腹を濡らした。扇情的な色に変わった箇所は、はりつめてはち切れんばかりの高さになっている。教授はふう、と一息つき、拳を口に当てて横を向いた。

「謝らなくていい。ただ、少し」

 感じやすいのは知っていた。ただし精神的な意味合いでの話で、肉体のほうは未開発だ。私は焦って事を台無しにしないか不安になり、教授の腕を取って唇を再度奪った。

 重なる舌の動きに集中していると、いよいよ限界も近くなった場所をつい離してしまう。切れぎれの息とただ達したいだけの朦朧とした意識の中、指でこねくりまわしていた教授のものも、頂点を目指して暴れ始めた。互いの腰をゆっくりとぶつけ合い、快楽を求めてさまよった。掴む所を探す手が、再び口元に戻される。

「っ……う」

「教授……」

 どちらともなく何かうわごとを呟いたが、熱くなっていく室内は静かだ。じめじめとした汗ばむ熱が、発散させることもできずに空中に漂った。絡めた指が滑ってどうしようもなくなるまで追いつめる。浮いた腰が反り返るが、まだ堪えていた。片腕は私をしっかり抱き締めていた。

「……っ。く」

 脚を抱え上げると、少し呼吸が苦しそうになった。秘所まで垂れた精子と、自分のそれをなすりつける。思った以上に狭かった。増やした指でさらに中をほぐし、体勢を変えるか迷いながら進んだ。揺れる体は、横にするといくぶんリラックスした。覚悟がついたのか、全部は脱いでいなかった私のシャツの端を、教授は掴んだ。

「……っぁ!」

 そのまま一気に奥まで貫くと、声にならない声で私を呼んだ。固く結ばれた目尻から泪が溢れ、一瞬私を見て微笑んだ。窮屈で切迫した甘美な場所が、私を包んでいた。

「教授……教授!」

「っ……んっ……!」

 胸のリズムが静かになるまで待つ。おさまるところに到着したはずのものは、早く動きたいと私に知らせるため、血流を速足で心臓までもどした。まだ動くなという合図で脚を撫でたのだろうが、それは逆効果だった。

「……っ、ドイ、よせ」

 私は辛抱たまらなくなり、律動を開始した。始めはゆっくり、徐々に動きを速めていく。嬌声が聞きたくて何度か揺すったが、教授は頑として声を漏らさなかった。代わりになまめかしい音を放つ腰を押さえ、私はそのままの姿勢で快楽を貪った。

「んん……! ん……っ!」

 捻る体を狂おしく追いたてる。顔から流れた汗は周囲に飛び散り、私はベッドに行かなかったことを後悔した。これでは明日、関節が。

「教授。大丈夫ですか」

 また返事がない。はじめての日は痛みしかなかった覚えがあるので、私は内心しまったと思い、勇みたつものを一度抜いてしまおうとした。抜けるか抜けないかの位置で立ち往生したが、教授が自分から私を受け入れようと手を引くので、あきらめた。

 出たり挿入ったりしたあげく、止まっていた手の活動を再開すれば、教授の息は急に荒くなった。前が気持ちいいなら、と控えめに動くが、慣れてきたのか私を誘導するように腰がうごめいた。

「――来い。ちゃんと」

 私は一瞬のちに気遣いも理性も吹っ飛び、彼の尻を掴んだ。強い打ちつけは内部の外壁をこすりあげ、幾度も狂おしい波を生み出した。

「っ……!」

「ぁ……っ」

 溶けるような感覚。白濁が跳んだが、構わず押し広げる。目の前が真っ白になると、中で出してはまずいという基本のことさえ忘れてしまった。

 私が出しきると、先に終わっていた教授の批判じみた目がはっきり濡れていたので私は謝った。


 その後は結局、私がお姫さま抱っこする役を買って出たわけだが、細身に見えても男は男。腰砕けになった教授をベッドに運ぶのは、担ぐしか方法がなかったことを告白せねばならない。またいずれの機会に挑戦しよう。


End.
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