君が僕の名を呼ぶとき
抱えている仕事もないときに食事も取らず、ベッドで待つのが合図だった。
してもいいかと聞かない。してくれとも言わない。暖炉の傍で本を読み、少量の酒を交わし、ガウンはソファに置き去りにして、街の明かりが完全に消えてすべてが寝静まれば開始だ。
ゴングなしの格闘技なら床で行われることもあったが、その日はどこもかしこも静寂に満ちていて難しかった。
脱ぎ散らかした服を拾って歩くからたまらない。明日があるからと調査の予定を気にする。どちらが世話焼き女房かわかりきったことではないか。苛立ちでシャツの襟ぐりを掴み、引き寄せて押し倒す。
これが自然な成りゆきだ。正しい形だと服を脱がせた。
されるがままでおとなしい。含み笑いが聞こえるようだ。体格差は逆転していた。滝から生還して間がない探偵は、チベットの乾いた空気でも生き長らえ、浅黒く変色した肌も歩き回ったすえの筋肉も大きく様変わりしていた。医者は深く愛した女性を喪い、痩せ細っていた。
自分の死に弱ってしまったのだとは思いたくない。嘘をついてまで彼の元から姿を消したからだ。捨てた男の元に戻った。もう昔とは違う。
やるなら今だ。打ちつけるなら。彼は受け入れるだろう。
「……っ」
鎮めと命令しながら呼吸を繰り返す。久しぶりの情事に急いた身体が言うことを聞かない。組みしかれたまま医者もしばらく待っていたが、結局腕を取られてベッドの真ん中で身体を横抱きにされた。
抵抗すれば逆転できたはずだ。目は開いていた。力も自分のほうが強かった。隆起をなでさする指に少し喘いだ。
後ろから抱きすくめられる。硬い牡が脚の間を行き来するのを許した。直に触られるとその手に手を重ねた。握られると自然に臀が緊張して、奥へと誘うように締めつけてしまう。荒くなった息が背中で動き、今度はもっとはっきりとした形を理解するはめになった。
ゆっくりと前をしごく動きに合わせて、臀をすぼめた。力を抜くと押し込まれる。力を入れると少し下へずらす。太股に垂れたもので滑りがよくなる。また力を抜くと、とうとう先がぐぷっと音を上げて挿入った。
「ぃっ……」
背筋を伸ばすが、掴んだ腕を離さない。呼吸が震え、さらに奥へと誘導するため脚の力を強めたが、門に熱い熱を塗りつけられるばかりで身悶えた。
「は……やく、来いっ」
聞こえないわけはない。ねっとりとした塊が穴の入り口をつついているのだ。絶え間なくノックは続いた。たまに偶然のように中へと侵入しては抜ける。繰り返しがつらい。会陰を擦られて玉袋の辺りまで当たれば、完全に勃起した自分の怒張の裏筋を刺激する。ぴくぴくと跳ねた先端を転がすように撫でられ、所在なさげに傍にあった手を合わせて触れさせてくる。
羞恥から抵抗したが、そっと握らされしごかれれば解放を求めて先から涙をこぼした。
「ひっ……ぁ……ワト、スン」
腰が上下するのを止められない。前屈みになると脚で挟んだものまで質量を増した。おかしな心地だ。油断すると抜けてしまう。動きは徐々に早まった。あっと声が漏れた。
片手を首に回し、医者の臀を掴みながら擦りつけると、先に逝った。濡れた股間をさらに大きく揺り動かす。伸ばした指で相手の肛門を探り、外側を弄りながら探偵は顔をあげた。
「やる気がないなら、僕が挿れる」
彼は暗闇で眉根を寄せて苦笑した。その夜初めての会話がそれだった。
「用意もしていないのにかね。抱かれることを想定してこまめに準備している君と違うから、大惨事になるよ」
「……」
迂闊さに沈黙で返す。長い禁欲生活のせいで、男同士のそれが面倒なことをすっかり忘れていた。
逸らしたおとがいを正面に向けられる。屈んで降りる頭に、無垢な少女のごとく胸が高鳴った。勃ちあがる胸の突起に舌が絡まり、じっくりとねぶられ、押しのけようとする手を払われた。
「焦るくせを直したまえ。我慢してる間もとても気持ちよさそうだった」
「時間をかけるな。こんなものに!」
君の身体がこんなものなわけあるか、と広い肩にキスをされれば、身体は慣れ親しんだ熱に震えた。呼吸も満足にさせてもらえない口づけを神妙な気持ちで受け入れる。太股に添えられた手が表面を撫でる繊細な動きに、煽られた芯がまた盛り返した。
「ワトス……ン」
かすれた低い声に医者が呻いた。「あまりそう何度も呼ばないでくれ。先に果てたら怒るのだから始末におけない」
また手ぬるい刺激だ。幾重にも変化した内壁を指が往復するが、それ以上進もうとしない。嗚咽をあげるまで待つつもりなのだ。あるいは完全に降伏するまで。それが何時間かかるものであろうと、彼ならやり遂げるだろう。
拘束もなく辱しめることもなく――欲望を満たす行為に、愛の時間を与えるからだ。
うつぶせられて臀をかかげる。止める間もなく顔を埋めて、精をなすりつけられて少し拡張された部分に舌を差し込まれた。しびれる快感に硬くなった屹立の裏を撫でられ、玉袋をやわやわと揉みしだかれれば射精を伴わず気をやった。
「……ぅ」
もどかしい。何か抗議をするべきだ。
丸めた腰の裏を男の髪が触っていく感触にぞくっとする。蕾の縁でも髭がときどき中まで入るのだ。高まる波に息切れを起こした。我慢できずに転がって向かい合う。股間のものを含もうとする顔を両手で上まで持ち上げ、夢中で口づけた。叱責の代わりに堅く閉じられた唇をこじ開ける。禁断の場所を探っていた唇はただしょっからかった。唇をはがす。
中に来てくれ、と何度も哀願する。擦り合っている前からだらしなく吹き零れる白濁の泡が、どちらのものかわからなくなった。触れ合いだけが長すぎた。よがり狂って求めている自分の愚かさは遠くへいった。どちらも汗だくだ。
「……っ」
望みのものが半分ほど挿入されただけで、背中に脚を絡めていた。焦るなという声に、焦らすなと返す。下腹部の重みに堪えかね、断続的な射精感をやり過ごした。
大きな突きが脳髄を焼き尽くす。あとは打ち合い、被せあい、ねじりあって頂点を目指すだけだ。己の快感に性懲りもなく貪欲になり、寄せ返す波に乗り上げて背中を反らした。
奥で弾ける濁流の衝撃が、身体をめぐって判断を狂わせた。驚きで開けた目に、自ら放った精がふりかかる。疲れきって脱力した身体から、抜けていくものを意識の底で感じた。顔を拭う手に礼の言葉を吐き、目を汚したほうは涙で流した。
唇をどこに受けたかは覚えていない。探偵はそのまま眠りに落ちた。
End.
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