Cの切傷🍊


 長年の研究のため変色した自分の指先があまり好きではなかった。それを大事にするようになったのは、同居を始めた男が丁寧に舐めるから――少しでも柔らかく、清潔に保つよう努力していたのだ。

 爪もまめに詰むほうではなかった。不精な気質が災いして、間に挟まった酸で指を落としかけたこともある。ベッドの上で痛くないかと手を取られ、包帯の巻いてない甲にキスをされると切なくなった。

 ――ワトスンが女性にどう接するか、目の当たりにしている気分なのだ。

「ホームズ?」
「……痛くないさ。先が少し熱いが」
「僕の穴に興味があるんだろう」

 しているときに指を挿入すれば、やはり気持ちいいらしいよと言う。

「他は準備が必要だが、君がしたければ」
「手がこれじゃあね」
「――自分でしてみせようか」

 そこまで僕に奉仕しなくてもいい、と抱き寄せる。落ち着きかけていた前の膨らみに彼の手を乗せた。「こっちから」

 鈴口に親指の腹がめり込み、くりくりと時計回りに混ぜられる。少しずつ勃ち上がって、繰り返しのキスと共に後ろに倒されると息が満足にできなくなった。

「っ……」

 開かせた脚からズボンと下着をずらし先端に吸いつく。私に準備させた小指の爪を差し挿れ、丁寧に詰まれたそれは傷つけることもなく、指も太くて入らなかったがむず痒い。

「……ッ、ぁ」
「ああ、溢れてきた」

 伝う液体に唇をつけ、啜るように音を立てる。先を引っ掻いて側面を親指で擦る度に、もどかしさに吐息を漏らした。遠慮がちな舌先で円を書くように舐める。割れ目の入口にかかって、長いシャツの端を掴んだ。

「あっ……ぅ」
「何か、この周辺全体で甘い匂いがするんだが。用意してたのかい」
「い、や。ただ、水で汗を流すついでに、裏通りで売ってた――果実の香料をね」

「けしからん」ワトスンは眉を潜めた。「臭くて結構。なんだその乙女な品物は」

 私は中断されたことに呻き、視線を泳がせながら言った。

「薔薇の香りのローションについてきた」
「バラ? 駄目だ。絶対却下。断固反対だ」
「なぜだね」

 首を激しく左右に振り、ワトスンはため息をついた。

「間違って君を女のように抱いたらどうする」
「――君より靴が2サイズ違う」
「体格じゃない。わかってないんだろうが……君は両刀でもないし」
「その認識は誤りだ」

 女が嫌いなのではない。面倒なため、積極的に求めて来なかっただけである。

 ワトスンは早口で言った。「君をそう扱ってしまうときがある。僕は、男は君が初めてだから、傷つけないか常に心配なんだよ」

「――僕の自尊心は今ので完全に吹き飛んだ」
「繊細以外のなんと言うんだ。薔薇だぞ」
「大袈裟だ、たかがクリームのひとつで。君だって男のほうは戦場で経験があるとばかり思ってたよ」

 私の軍隊嫌いについて、ワトスンは遠回しに書いてきた。直接的な原因は乱れた風習だ。不特定多数と関係を持てば、性病が広がる。男も報いを受けるが、女に罪はない。

 彼は微笑んで、過去の経験については語らなかった。

「わかった。じゃあ僕も試そう。臭いが混じっても文句なしだよ。引き出しかい?」
「それは、駄目だ!」

 私は浮き上がる腰の欲求を抑え、やめろと言った。慌てっぷりにワトスンが目を丸くする。

「違う。つまりこれは、臭いを取るものじゃなく――」
「なんだ、はっきり言いたまえ」

 顎を下げると、のしかかる重さで白状してしまいそうになった。問い詰められた場合にと準備していた話が頭を過ぎる。ため息で諦め、事実を言った。

「快楽の抑制になるのだ。巷では煽るような薬ばかりだろう。意志に反して勃起しないようなものは貴重で」
「――勃ってるだろう」

 まるごと掴まれて腹筋に力を入れる。「それは、君が執拗に弄るから」

「意志に反して。堪え性のない息子を鍛えるわけか」
「ぁっ……ふぅ……」
「普通は男が――使うものだ」
「ワト……ッ……ン」

 連射すると三日ほど使い物にならなくなる腰を、制御するのに便利だと思ったのだが、あまり効き目はないらしいと朦朧とした頭で分析する。躯が言うことを聞かないなら、理性で道具に頼るしかないのだ。

 彼は滑りのよくなった怒張を舐めて、私の表情を伺った。「引き出しかね?」

「鍵、が。かかっているよ」
「もちろん君が在りかを教えてくれるだろう」

 ワトスンは両手で握ったそれを口の中に差し込んだ。いつもより数段緩い感覚が股間を包む。

「ワトスン。不感症用の微薬じゃないんだぞ」

 「なら」 ワトスンは一度離れて笑った。「使っても問題ないだろう」

 相手の理性を飛ばさせて抱くのが愉しいとばかり考えていた。戸惑って首を振る。推測のいくつかを反芻していくと、そっちは後でいいからとこめかみを指で叩かれる。

「鍵を」
「……君の通帳が入ってるから駄目だ。薔薇のほうなら化粧棚にあるよ」

 ワトスンは躯を起こし、変装用のメイク道具が並ぶ棚に足を運んだ。ラベルを確かめながら、先とは打って変わって嬉しそうにしている。なぜか背筋を悪寒が走った。情報が少なすぎて解答がどれも一致しない。

「――何をするつもりだ?」

 彼は捜し当てたものを手に振り返り、少し笑った。


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