Bの捻挫
時として嗜虐心を煽ることばかりするので、ホームズは彼にとって私がそうであるのと同じように――私にとっても刺激剤だった。
針の跡の痛々しい腕を、肘の先から取った。寝ている時の彼は無防備で、平素の活力に満ち溢れた私立探偵ではない。きっちり後ろに分けた髪も垂れ下がっている。ベッドの中に居て疲れきり、完全に熟睡している。
さて、どんな悪戯を仕掛けて起こすかと思案した。よく自分がされるように叩き起こすのは少し気の毒に思う。昨日は明け方まで仕事にかかりきりで、朝一番の電報を今か今かと待っていたのだ。あと三十分は寝かせておいていいかと、毛布をその肩にかけてやると、途端に目を開けて、「朝かい」と言うので、いや、君が寝付いたのが朝で、もう今は昼だと言うと笑ってベッドの中で小さくなった。
細長い肢体から膝頭が出ていて――薬品で変色した長い指が膝裏を押さえた。「ぅん、ん。寝かせてくれ」
眉を潜めて鼻に皺を寄せる。どうした、と聞いても寝息しか返らない。躊躇いがちに手を退けて、青黒い打ち身があったので思わず呻いた。
「ホームズ、怪我を」
「たいしたことはない。ちょっとした乱闘に巻き込まれて……ワトスン、僕は寝る。夜に行かなきゃならない所が――」
急にまた静かになった。髪の向こうに隠れた顔を覗き込むが寝ている。なんとつれないのか。寝顔に悪戯心を出したがるのは常に女性の方なのも頷ける。早朝の要求に叩き起こされても男は怒らないが、女は明日の予定を優先させるのだ。
「ぁ……」
「ホームズ」
足の痛そうな箇所を少し捻った。眉を顰めて呻くが、眠気が勝るのかそれ以上は反応しない。明るい室内で何を馬鹿げた真似をと自分でも思ったが、シーツを下半分だけ剥がす。寒揖保の立った細長く青白い足は、具体的に何がどうとは言わないがお世辞にも美しくはない。
もっと記録者として率直な描写をするなら、朝にかろうじて剃った髭の青剃りなど。ここに寝ているのは紛れも無く男なのだが。
「おい、ホームズ」
もう返答はなかった。
ほっそりすんなりした女性の足や、柔らかく弾力のある尻など求めて両手がさ迷う。感じるのは筋肉質でザラッと冷たい双丘で、私の手の感触にきゅうと爪先を動かすだけだ。がっかりしながらも勃起している自分に嫌気がさした。
寝顔が少し笑っている。戯れを認識している訳ではなさそうだ。呼吸の仕方が寝ている人間のそれだから――足先を擦り合わせて、シーツを巻き込み寝返りを打った。めくれ上がった寝間着をさらに上げて、下着から見えた隙間に手を入れたが、割れ目をなぞろうと睾丸を指で突つこうと欲望を示さない。
「ふ……ん」
寒いのか一回震えて、脱力する。睡眠を推してまで捜査するのに、相棒の性欲はほったらかしだ。もう一度髪の毛を避けて額を撫でるとぴくりと動いたので、ベッドに屈み込んで首筋に口づけた。
「ぅ……」
皮の張った首筋。白いばかりで血管が浮いているのだ。息を吹き掛けても暖かくならない。しっかり口でむしゃぶりついたが無反応の繰り返し、やがて辛抱堪らなく乗り上げた。
長い身体を丸くしたホームズの腰を膝で挟み、ズボンの前を開く。テラと輝く赤黒い自分の屹立がグロテスクだった。
最低の行為で起こそうとしている自覚はあったが、彼も悪い。その寝姿を見下ろしながら、己の芯に指を絡めた。
「っ……く」
上下に激しく擦る。猛って飛び散らさぬよう、指で詮をしていた。息遣いが早まる。腰が蠢いてベッドを揺らす。体を前のめりにして顔の近くへと上った。ロンドン市内のあらゆるところに掲げられた、ホームズの肖像画が目の前にある。
立ち上る射精感を抑え、彼の肩を強く叩いた。恥辱で怒らせたい。それしか頭になかった。
「――ホームズ!」
「……ん」
薄目を開けた瞬間、横顔目掛けてびしゃっと全てを放つ。白い粘液の淫らな放射を浴びて、ホームズの表情が物憂げに霞んだ。私は天を仰いで、悦楽に浸った。はぁと喘いで息をつく。
絶頂の善さが続いたのはその時だけで、気怠い感覚が過ぎると突発的で非道な行いに真っ青になった。
「ホ、ホームズ?」
恐る恐る下を見ると、彼は「ワトスン」と呟いたきりまた目を閉じた。
なんと――まだ寝ている。
玩具の人形を扱うようにはいかない。理性が残っている分、何事もなかった風に後始末をしようとした。
顔から垂れた精液を舌で舐めとり、ホームズがちょっと笑い声を発するまでは。
「濃い」
「かなり……溜まっていたから」
理論だった言葉でも言うかと待ったが、ホームズは手の甲で顔を少し拭い、また睡魔に負けた。眉を撫でると自分の吐き出した白濁で艶めき、落ち窪んだ瞼には涙のように滲んだ滴りがある。
幾度も目の周りを擦ると、赤らんで皺が消えた。
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