Aの火傷
手球を突く側と違い、柄の固さと形には抵抗がある。握りやすいように段差がついていた。ワトスンは掬った精液をバット部分に塗りつけ、後ろの入口に押しつけた。
「力を抜くんだ」
「無……理だ! ……ぁやめ……ろっ!」
「欲しがってヒクついてる。ほら、もう先が」
「ぁ……。あぁっ」
「君の身長に合わせた。誂えたみたいにいいサイズだと思うよ」
ワトスンがゲームに使っていた物より長く、グリップの質が違う。異物の入ってくる感覚に、腸壁が押し広げられ胃がひっくり返りそうになった。
「んん……っ」
血が出ないのが不思議だというほど始めは痛みを感じたが、ワトスンが巧みに私のペニスを弄りながら体を弛緩させ、その都度ゆっくりと挿入する。「ここかい。口で言った方が早い。手球を弾くときは、先を置く場所さえ決めてしまえば」
あとは突くだけだと言った。
「そ、そん……な、そんなこと、できるかっ。ッ……い、イイ」
「そら、体は正直なんだ」
そのうち痛みばかりでない熱い感覚が走り抜け、徐々に身を委ねてしまう。乱れた髪に顔を寄せ、表情を見られまいと無駄な抵抗をした。ググッと奥深くに突かれると、堪らない一点があった。知られないように冷静さを装ったが、どこをどう触れば私が感じるのか、ワトスンはすべて承知していた。
「ここだ。ここを突けば散るだろう」
「も、もういいだろう。もうっ」
「いや、手加減しようか。君は初心者なのだし」
「な――にをっ」
ワトスンは一瞬手を止め少し笑った。「上級者との対戦試合がある。それに得点を稼いで合格しないと、会員にはなれない」
「ぅあっ。に……二、度と」
二度とこんな所に来るかと叫ぼうとしてはっとする。廊下の階段を降りる足音が聞こえた。ワトスンは気づかず、私の中に挿入した棒を少し抜いては進めるのに忙しい。
「ワ、ト……ス! ――ひ、人だ」
「さっきの声くらいじゃ誰も来ないさ。手球の弾く音を吸収するように、壁が――」
「違っ……う! く、来る」
ワトスンが上半身を台上に乗せて私の顔を覗きこんだ隙に、自分の体を片肘で支え襟首を掴んだ。キスの感触を味わう短い時間に、廊下を歩いて幾つかの扉をノックして開ける音が聞こえる。唇を離してワトスンを仰ぎ見ると、苦しそうに呻いた。
「――人が来るのはわかったが。台の側面にぶつけたじゃないか」
「み、見られる。早く!」
「僕は嘘をつくのが苦手なんだ。残念だな、ホームズ。名探偵の名は滝壷に沈めたままでよかったのかもしれない」
そうすれば一緒にチベットくんだりへ行って、ラマの僧侶たちに情念の抑え方を教えて貰えたのだが、と。ワトスンは猛り狂う自分の隆起を見て困ったように呟いた。
「……ッ。馬鹿を言ってないでしまえ。刑務所行きだ」
「後ろの貞操を君以外に掘られるのはごめんだ」
脇にある外套をかけられ慌てた。キューはアナルに突き刺さり、私はビリヤード台に体を横たわらせたままだ。ワトスンは上着を羽織り直し、怒張しきったままの本体を仕舞うと、葉巻を取り出した。吸い口を切って、マッチを擦る。「じっとしていてくれ」
ハバナの香りが漂い、辺りの生臭さを緩和させた。汗の滲んだこめかみを手の甲で拭うと、ふーっと天井に煙りを吹かす。二つ向こうの扉を開ける音が聞こえた。二階にはもう誰もいないらしく、話し声は聞こえない。
「床の言い訳が思いつかない。裏工作は君の得意分野なんだが――」
「……っ」
「自分で抜いたら怒る。まったく、君は紐で縛ってもすぐ抜け出すから厄介極まりない」
隣のドアをノックする音だ。ワトスンは私を見て目尻を緩めると、葉巻を取り去り首の後ろに手をかけた。激しく唇を奪われる。
上がりきった息も絶え絶えに、応えて白い息を吐いた。髭も唇も濡れていることを指摘しようとしたが、ワトスンは身を翻して出口へと向かった。隣の扉の閉まる音と、こちらを開ける音が同時にした。
――あ、やっぱりまだいらっしゃいましたか。ワトスン先生。
レストレードの声だった。ワトスンは体を廊下へ出しているが、ドアはわずかに手で開けたままだ。おかげで外の声ははっきり聞こえた。どうやって欲望に腫れた股間を隠しているのだろうと見たが、扉の縁を押さえる手しかここからでは見えない。
――ホームズは先に帰らせたんですが。私はまだ物足りなくてこちらで一人打っていたんです。
――やれやれ。あの人には困ったものだ。
――全く。
彼の声はいつものように優しく甘い。一番傍で聞いている警部の耳を切り落としたいとさえ思った。私もお付き合いしましょうか? というレストレードの言葉が耳に入った。
知人にこんな姿を見られるかもしれないという恐怖と羞恥が身を縮こませる。
「ふ……ァ!」
途端にぎゅうと締まる穴の内部で、キューの柄の硬さと形がリアルにわかり、小さく喘いだ。出入口ではワトスンの咳ばらいがそれを消した。
引き抜こうとシャフトに手を絡めるが、ワトスンの言ったことを思い出す。動いては駄目だと思うのだが、自然に腰が持ち上がった。浸蝕する棒への欲求に、軽くひねるだけで甘美なモノが沸き起こる。
「ッ……ッ――っ! っ!」
抜き挿しを繰り返した。始めは軽く。ゆっくりと。次第に熱く、掻き交ぜる。窪んだ場所がナカの壁を擦り、革特有の鞣し具合で吸盤のごとく吸い付いた。水音がして止めかけるが、ワトスンが扉を完全に閉めたので一人励んだ。
ワトスン、と扉を見る。
声に耳を澄ますが、全神経が後ろに集中して、ほとんどぼそぼそした呟きにしか聞こえない。絶頂を抑えるのに気が狂いそうだった。
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