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美しく青き








「血を青くだって!!?」
イレーネ城の研究棟に、驚愕の叫び声が響き渡る。
「凄いじゃないか!!!!」
そう言ったあの人は、空のような澄んだ青色の瞳で、真っ直ぐに、ボクを見つめた。



***



「あれれ〜? どしたのキミ」
研究棟の一室を訪ねてきた人物に、ボクは素直に驚いた。これは珍しい訪問者だ。
薄いブロンドの頭髪を後ろに撫でつけたオールバック。聡明そうな額に、苦労の絶えなさそうな皺の刻まれた眉間。肌は白く鼻筋は高く、瞳は青色。
典型的なゲルマン人らしい外見と体躯の彼は、言うまでもなく、ボク自身の祖国サマ。ボクの製造国であるドイツの化身で、ルートヴィッヒという名前で呼ばれている。
「急にすまない。俺の仲間が帰還したから、お前に紹介するよう、世界帝から承った」
相変わらずの冷たさと生真面目さに、ボクはふ〜んと相槌を打つ。
ルートヴィッヒの笑った顔を、ボクは見たことがない。というか、世間話をしたことがない。彼と会話をするのは、形式的な挨拶や任務の事務連絡の時だけだ。
アインスクンやゴーストクンは、祖国が冷たいとか、ボクらに無関心だとか、ぐちぐち不満を漏らしているけれど、これくらい軽薄な関わりの方がボクは嬉しい。研究の邪魔をされずに済むからね。キクと89みたいな『仲良しこよし』な関係は、真っ平御免だ。だからボクは、ボクに対して素っ気ないルートヴィッヒを気に入っている。
「キミの仲間ってことは、その人も国なの?」
ボクは、ルートヴィッヒの後ろに佇んでいる青年を見やった。
目が合った瞬間、待ってましたと言わんばかりに、青年は破顔一笑する。
シュワシュワと炭酸のように弾ける笑顔に、ボクは一瞬面食らった。
「Hey,you!!」ビシリと勢い良く人差し指を差して、青年は言った。「何だいその目!? 真っ青じゃないか。人間の瞳の色とは思えないんだぞ!」
「人間ではない。貴銃士だ」ルートヴィッヒが説明する。
「キジューシ!」ワオッ、と青年は歓声を上げる。
「俺はアルフレッド・F・ジョーンズ。United States of America、通称USAの化身! そして世界のスーパーヒーローなんだぞ!!」
そう言って青年は、軍服の肩に縫いつけられた星条旗の刺繍を、自慢気にボクに見せた。軍服にはきらきらと輝く勲章が幾つも付いているけれど、彼にとっては、その星条旗の刺繍が最も誇らしい勲章なのかもしれない。
「ボクちゃんは、HK33Eだよ」彼が名乗り出てきたので、ボクもそれに倣う。「コードネームはホクサイ」
「HOKUSAIだって? そんな名前の浮世絵師がキクのところにいなかったかい?」
「おそらく、その浮世絵師の名前が由来だと思われる」ルートヴィッヒは、やはり律儀に答えていた。「こいつは、プルシアンブルーが好きでな。確かホクサイという浮世絵師も、プルシアンブルーの顔料を用いた作品を多く残していて……」
「ねえ、もういい?」ルートヴィッヒの解説をばっさりと遮って、ボクは尋ねた。
「ボクちゃん、早くこの血を青くする研究に戻りたいんだけど……」
「血を青くだって!!?」
突如響き渡る驚嘆の声。
ルートヴィッヒの大きな身体を押し退けて、アルフレッドがボクに迫った。
「凄いじゃないか!!!!」
「まだ実験段階だけどね〜」
「赤い血を青くしようだなんて、最高にホットでクールなんだぞ! ちょっとホクサイ、その話詳しく聞かせてくれ」
「おいアルフレッド」ルートヴィッヒが、その眉間に皺を寄せる。「お前、まだ事務仕事が残っているだろう。遊んでいる場合では……」
「彼とはビジネスの話をするんだぞ」研究室に足を踏み入れたアルフレッドは、都合の良いことを述べては微笑む。「これも仕事のうち! なんだぞ〜!!」
初対面なのに押しの強いアルフレッドに、ボクは少なからず戸惑っていた。
いや、違う。彼の強引さに戸惑っているのではない。
ボクの研究に関心を示す、その姿勢に戸惑っていたのだ。
マスターでも研究者でもない人が、ボクの研究の話を聞きたがるなんて、初めてのことだったから。



***



「キク〜!!」
懐かしい呼び声に、おや、と菊は辺りを見回す。
軍服姿の青年が、どしどしと力強い足取りでこちらへ近づいてくる。
「お久しぶりです。アルフレッドさん」
カフェテラスで緑茶を飲んでいた菊は、同胞の帰りに笑顔を見せる。その向かいでは89が同じく緑茶を飲んでおり、アルフレッドの姿を認めると「げっ」と嫌な顔をした。
「あいつ……何持ってきやがった?」
満面の笑みで歩み寄るアルフレッドは、お菓子の箱のようなものを、大事そうに抱えている。



アルフレッド・F・ジョーンズは、国の化身の中でも特別な地位を占めている。
彼は兄のアーサーとともに世界帝の元へ集い、いち早く忠誠を誓った者の一人だった。
国としての歴史は浅いものの、若くして超大国となり世界の覇権を争っていた猛者である。あっけらかんとした性格だがなかなかの切れ者で、軍事面だけでなく政治、経済と幅広く才能を発揮しており、世界帝はそんなアルフレッドを重宝していた。その証拠に、彼には貴銃士たちと同様、特別幹部の地位が与えられている。
国の化身で特別幹部となっているのは、ルートヴィッヒとアルフレッドの二人だけ。特にアルフレッドは、軍事面での活躍が顕著で、常に大きな作戦に参加しており、遠征が多い。そのため、イレーネ城で彼を見かけるのは、なかなかのレアケースなのである。



「キクと89はいつも一緒だな!」
ハハハ、と明るい笑顔を見せるアルフレッド。遠征続きで疲れているだろうに、彼はそのような姿を決して見せない。疲れを知らないのかもしれない。
「そんなことより、これ見てくれよ!」そう言って彼は、抱えていた平たい箱の蓋を、ぱかりと開けた。「さっき厨房のパティシエに作らせたばかりだぞ!」
箱の中には、マカロンが敷き詰められている。
外国の菓子が大好きな菊にとって、マカロンは大変興味を惹かれる菓子のはずなのだが、問題はその色である。
「これは、予想通りと言いますか」菊は箱の中を覗き込み、貼り付けた笑顔のまま呟いた。
「すごく…………青いです」
「いや青いっつーか青く光ってんぞ、蛍光だぞ。ヤベーよコレ。食い物じゃねぇ」菊が心の内に秘めていたことを、89が全て言ってしまった。
「ちゃんとマカロンだし、青色だぞ。Earth colorじゃないか! 食べ物じゃないなんて失礼だぞ」
「何がアースカラーだ。地球アースに謝れ」
「君の意見なんて聞いてないから別にいいんだぞ〜」89の無遠慮な意見に挫けることもなく、アルフレッドはえへんと咳払いをした。「これはホクサイへの差し入れだからね。君たちにはやらないぞ」
「んなもん欲しくねーよ」しっしっと猫を払うような仕草で、早くどっか行け、と89は顔を顰めた。
「まあ、でも、そうですね。ホクサイ君なら喜んでくれるかもしれません」箱の蓋をぱたりと閉じて、菊が優しく微笑みかける。「アルフレッドさんは、ホクサイ君と仲良しですね。彼は、ルートヴィッヒさんの家の子だと伺っておりますが」
「HK33Eは、俺の家でも使ってたんだぞ! 確かに製造元はルートの家だけど、ホクサイは輸出用のアサルトライフルだったから、ルートのとこよりも外国で盛んに使われたらしいね」
「おや、そうなのですか」
「へえ。ホクサイって輸出されてたのか。だからルートよりもお前と親しいんだな、アイツ」
「いやだなー、仲良しなんて」
アルフレッドは、菊と89の発言をあっけらかんと笑い飛ばした。
「君たちには負けるよ」






「Hey, HOKUSAI!」研究室のドアをバターンと盛大に開けて、アルフレッドが乱入する。「How are you? 研究の進捗はどうだい!?」
「アルフレッドクン……」突然の来訪者に、ホクサイは呆れたように振り向いた。「来るなら言ってよ〜。も〜キミってばいっつも急なんだから……」
「HAHAHA! ヒーローは神出鬼没のミステリアスな存在なのさ。はいこれ差し入れ!」
急な訪問に不機嫌を露わにするホクサイだったが、差し入れの蛍光マカロンを見るや否や、その瞳がぱああと嬉しそうに輝いた。
「わあ〜! なんて鮮やかな青色なんだい!?」
「気に入ったかい?」研究室の一角に設えた来客用のソファーにどさりと腰掛け、アルフレッドは提案する。
「コーヒーブレイクにしようじゃないか!」



アルフレッド・F・ジョーンズは、貴銃士のホクサイを気に入っている。正確には彼の才能、そして研究を気に入っている。
本当はもっと生きた人間のサンプルが欲しいんだよね、と不満を溢すホクサイのため、戦場で捕らえた哀れな捕虜を実験体として横流ししているのはアルフレッドだ。
捕虜を人体実験に利用することは反人道的な行為として禁止されていたが、ホクサイの研究のためならばと、世界帝も黙認してくれている。
ホクサイがその血を青くする目的は、『高貴』を手に入れるためらしい。貴銃士のことはよく知らないが、彼らは『高貴』になると、特別な力を発揮できるのだそうだ。その力を手に入れることが、マスターである世界帝へと恩返しにあたるのだと、ホクサイは言っていた。この科学者は、浮ついた見た目に反して意外と純朴なところがある。


(だから君は、俺に利用されちゃうんだぞ)


コーヒーの黒い水面に視線を落としながら、アルフレッドは仄暗く微笑んだ。
「サソリがいけなかったのかなぁ〜?」青いマカロンを頬張りながら、ホクサイはハテナマークを浮かべる。この前の実験が成功しなかった要因について、思考しているようだ。「アルクン、キミはどう思う?」
「残念ながら、俺は生物学には明るくないんだぞ〜」コーヒーのマグに口をつけながら、片手を振ってアルは応える。「そのかわり、被験体ならいくらでも提供するぞ。男でも女でも子供でも、動物でもね。まあ、さすがに宇宙人は無理だけどな!」
「宇宙人には興味ないけど、ボクちゃん国の化身には興味津々だよ〜。ねえ、いつかキミの身体で実験させて!」
「Foo! 俺自身が被験体モルモットはご免なんだぞ〜☆」
ホクサイは無邪気で、気分屋で、研究者としては一流だ。
飽きっぽいところがあるけれど、新しい発想をぽんぽんと生み出すことができる。彼の思いつきの中には、血を青くする研究とは関係がないけれど、この世界の汚染を救うことに役立つようなアイディアがある。そういうものはアルフレッドが引き継いで、その研究プロジェクトに自国の研究者を雇わせた。そうして開発した技術や新薬は、特許を申請し、莫大な富を国にもたらす。
ホクサイの研究の端くれを利用して特許を得ているアルフレッドは、世界帝の統治下でありながら、『超大国アメリカ』を強固に維持している。
今のところ世界帝の統治が揺らぐ気配はないが、保険はあるに越したことはない。この安全な傘の下で、自国の力を増強し、温存させておくのが賢明だ。
それに比べて、あの島国の流されやすいこと。
アルフレッドの目には、仲睦まじいキクと89の様子が、憐れに見える。
自国の銃だから、祖国だからという結びつきだけであんな風に絆を深めるなんて、馬鹿げている。人間ならば自然なことだが、キクは、国の化身だ。『家』や『民』の保身を優先するべきだ。


(キク、君が健やかに存続するためにも、『友人』は選ばないとダメなんだぞ)


都合の良い『友人』を手懐けた強国は、今日も今日とて、ホクサイの研究のお零れを探りに来ている。






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