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可愛い子には旅をさせよ

【土曜日】



「明日から?」
「ええ」
馴染みのステーキハウスの席で、ファルは唐突に有給休暇を取得した旨を彼女に報告した。しかも、明日から一週間だと言う。随分と急な話に少なからず驚いた。
「先日の大規模な掃討作戦も無事に終えた事ですし、たまには自分を労わろうかと思いまして」ナイフで肉を切りながら、貴女もやっと私の手を離れた事ですし、と言葉を続ける。この男はいちいち一言多いのだ。
「別に構わないけれど、……よくお父様の許可が下りたわね」
父は、この優秀な貴銃士を実戦はおろか平生の事務処理や雑務においても重宝している。その才能と忠誠に全幅の信頼を寄せているのだ。愛娘の躾まで任せているのだから、その事実は疑いようがない。
「私の溜まりに溜まった有給を消化させないと、マスターが労働管理組合に叱責されかねません」
「……そう」どうやら大人の事情があるらしい。
「というわけで、実家に帰らせていただきます」
「実家って何。そんなものあるの」
「生まれた場所、というのはやはりマスターの所でしょうかね。すると、本体が造られた場所、ということになります」
「ベルギーでしたっけ?」
FALの製造メーカーは、確かベルギーの企業だったはずだ。本体がこのメーカーの貴銃士は多いので、彼女も記憶に新しい。
「はい。里帰りのついでに、観光がてらパリにでも足を伸ばそうかと」
「それってただの旅行よね?」
「良いではありませんか。休暇なのですから」
銃が休暇でパリに行って何をするのだ。甚だ疑問だ。
しかし、これは棚から牡丹餅だ。
6歳頃に現代銃たちに出会ってこの方、彼女はこの男の呪縛から逃れられないでいる。物理的にも、心理的にもだ。基地で生活している限り彼の顔は毎日見るわけだし、たまに大きな任務で遠方に出掛けて行ったとしても、奴はその手腕でさっさと任務を完遂して予定より早く帰ってくる。
そんな彼が、一週間の休暇を取得した。
一週間、彼の存在を忘れて、思いっきり羽を伸ばせるのだ。
奴に仕込まれたお嬢様言葉も、淑女らしい振る舞いも、ちょっとばかり崩したって誰も文句は言わない。
(自由になれるわ!)
「……お嬢様。何です、その笑顔は」
「うふふ。ねえ、ファル。ワインが美味しいわね」
グラスを片手にうっとりと目を細めて微笑む彼女を、ファルは怪訝な様子で見つめた。
「お嬢様。それはジュースです」
飲んだことのない酒の味を、どうして彼女が間違えよう。きっとまた何か企んでいるのだ。
ファルは嫌な予感がして、休暇を取るのがかえって憂鬱になった。



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