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マスターちゃんとホクサイくん

【「す」と「き」】



「キミが『すき』だよ」
これは、とっておきの魔法の言葉。
まあ、と目を丸くして驚く貴婦人は、いやだわと言って本気にしないが、彼女たちはつとめて優しい。
困ります、と赤ら顔で目を潤ませ照れる少女は、最も扱い易い割には、本気になられると面倒だ。
その中でも場数を踏んだ強者は、ありがとう、嬉しい、などと言っては微笑み、適度に応えてくれる。
マスターはこのうちのどれに該当するだろう。
「ホクサイ。貴方は、言葉を音の羅列と捉えているわね」
彼女はひどく鋭い視線で睨み上げる。その瞳を見ただけで、失敗した、と判断できた。
「どうせそれも、『す』と『き』だと思ってるんでしょう」
反応の違いこそあれど、大抵のメディックちゃんたちは、この魔法で喜んでくれる。だから彼女たちと同様に、きっとマスターも喜んでくれるだろうと、安易に考えた自分を呪った。
「貴方の甘い言葉に騙されて、良くない『実験』に付き合わされた、愚かなメディックの女たちがいるでしょう?」
畳み掛ける口調に、静かな怒りが込められている。彼女の気を荒立てないよう、微笑んだまま黙っておいた。
「黙秘しても無駄よ。全て調べさせました。この実験室で行われたこと、何もかも。何なら、詳しくお話しましょうか?」
「プライバシーの侵害だね」参ったな、と肩を竦める。何もかもお見通しときては、言い訳のしようがない。
「貴方に人権なんて無いのよ。銃ですもの」
確かにそうだね〜とヘラリと笑うと、再び怖い顔で睨まれた。
「何人か突然居なくなったって、メディックたちが気味悪がってる。彼女たちを唆して『実験』をするのは止しなさい。分かった?」
「じゃあ、マスターがボクちゃんの『実験』を手伝ってよ」
ボクの言葉に、彼女が息を呑んだのが分かった。
「今までのメディックちゃんたちは、み〜んなキミの代わりだよ」
あのね。本当はね。キミ以外の素材で『実験』なんて、したくないんだ。
ボクは、キミで『実験』してみたい。
「どうして、私なの」困惑した様子の彼女が、怯えたように小さく震えた。「貴方は一体、何がしたいの」
「そんなの、決まってるじゃないか」
ボクは両手を大きく広げて、満面の笑みで、彼女に答える。
「その遺伝子を増やしたいのさ!」
細胞レベルで彼女に関心を抱くボクは、彼女のことが『すき』みたい。


言葉は、音の羅列。
意味など、所詮まやかし。
「す」と「き」は、ヒトが繁殖するために仕組まれたプログラム。





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