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マスターちゃんとホクサイくん

【助手β】



「キミをブルーアイスケーブに連れて行きたいんだ」
「………いつですか?」
「今日。今から」
部屋の前に佇むホクサイ先生は、へらりと笑ってそう言った。
おかしい、と私は思った。こんなの絶対におかしい。なにかの間違いに決まっている。
「それは、仕事ですか?」赤縁眼鏡を押し上げて、私は応える。できるだけいつも通りの様子を装った。「私、今日は非番なんですけど」
「ホテルも予約したんだよ」先生は私の話なんて聞いちゃいない。
というか、ホテルって何?
ブルーアイスケーブって、ここから日帰りで行ける距離だよね。
「ホテル、というのは?」まさかと思って尋ねてみる。
「アイスホテルだよ」アハハ、と彼は楽しそうに笑い出す。
「建物がぜーんぶ、氷でできてるんだって! 面白いよねぇ」
「いや、あの、確かにどんなホテルかは気になりましたけど、私は先生がホテルを予約した意図を知りたかったんですけど」
「あっ、ちなみに経費の関係で、キミとボクちゃんはおんなじ部屋だから」
「は?」びっくりして、呼吸が止まった。「おんなじ部屋……??」
口から心臓が飛び出すかと思った。
結果、飛び出さなくて不思議だった。
こんなにびっくりしているのに。
えっ……まってまって?
ホクサイ先生が私をブルーアイスケーブに連れて行きたくて、近くのアイスホテルを予約してくれて、尚且つ相部屋で一夜を共に過ごすだと??
「それってデートですかっ!!!?」
これ以上ないくらいのクソデカ声で叫んでしまった。
「もう時間もないし、40秒で支度してね」先生はやっぱり私の話なんて聞いちゃいない。
「お泊りデートなんですかっ!!?」
「あと30秒」先生は早口でそう言った。口元に笑みは残ってはいるが、目は本気だった。「間に合うのかな?」
「間に合わせます!!」
素早く自室のドアを閉め、日用品を搔き集める。鞄の中に物を詰めている間にも、頭の中では様々なシミュレーションを展開していた。
そういえば今日の下着どんなだっけ!? ああダメ、全然覚えてないから絶対着古したダサいやつ!! 馬鹿、私の馬鹿!! こんなラッキーイベントがあるなんて知ってたら身嗜みだって入念に整えたのに……!!
とりあえず、お気に入りの勝負下着だけは鞄の奥に詰め込んでおいた。
ぜえはあと真っ青な顔色で息を切らしながら、私は自室のドアを開け放つ。
「間に合ったね」先生はにこっと微笑むと、嬉しそうな軽い足取りでるんるんと長い廊下を進む。「っじゃ、行こっか〜」
日頃の運動不足が祟って息も絶え絶えな私は、旅行鞄をズルズルと引きずりながら必死で後を追いかける。
先生は本当に自分勝手で、私の荷物を代わりに持ってくれるとか、歩調を合わせてくれるとか、そういう気遣いは一切無い。いつまでも幼い子供のような人なのだ。そういう無邪気さが、また愛らしい。
ホクサイ先生とデート。
頭の中にぱやぱやと花が咲き乱れ、うふふと独りでに微笑む。
ブルーアイスケーブ観光に、アイスホテルでのお泊りデート。
想像しただけで、心臓が早鐘のように打つ。
ああ、夢みたい。
私、今日死んでもいい……!



「あの……先生」
「なんだい?」
「ダブルデートとは斬新ですね」
軍の車に荷物を載せてもらっていると、後から来た二人の貴銃士と合流する。つい最近マスターさんに召銃された、サングラスがトレードマークの兄弟だ。
てっきり二人きりの一泊二日旅行だと思い込んでいた私は、彼らの姿を見た瞬間、とてつもなく嫌な予感に襲われた。
「デート?」はて、と先生は首を傾げて私を見つめる。「なんのことだい?」
ほらぁ!! 嫌な予感がした直後にコレだもんっ!!!
「デート!?」私たちの会話を拾ったラブワンさんが、そう繰り返してアハハと笑った。
「ホクちんてば、ま〜た誤解されるような事言ったんでしょ? 罪な男〜★」
ライクツーさんが、小馬鹿にするようにふんと笑った。
「ただの視察だよ。世界帝が宿泊するホテルの視察。アイスケーブは、ホクサイさんの希望で立ち寄るだけ」
「ホテルの地下の研究施設もだよ!」
先生が意気揚々とそう付け足すと、はいはいとライクツーさんにあしらわれていた。
なるほど、アイスホテルはあの方が宿泊する予定なんですね。その下見のためにホテルに泊まるわけで、聞いてなかったけどホテル地下の研究施設と、アイスケーブとやらは、近くに寄ったし見てみるか〜的な感じなんですね。
なにそれ。完っっっ全に仕事じゃないですか。
今日の私、本当なら非番なんですけど。
「こんなのただの休日出勤じゃないですかぁーーーっ!!!」
私は両手で顔を覆って慟哭した。
そうですよね、ホクサイ先生がこんなロマンチックなデートプランを立てるだなんて、ほんとおかしいと思ったんですよね……!!?
「つーか、このダッサイ女誰」
セーターにデニムのパンツ、それに白衣を羽織ってきた超絶手抜きコーデな私の服装を見たライクツーさんが、思いっきり顔を顰める。裏の無いお言葉を頂戴して、私は早速帰りたくなった。だってほとんど30秒で部屋を出てきたんだもの。1分でもあり得ないのに、30秒って。乙女が出掛ける準備をする時間じゃない。カップラーメンでも3分は待ってくれるぞ。
「助手のβクンだよ」先生は手短に私を紹介してくれた。
「今日の視察に助手なんて必要なわけ?」ライクツーさんは、じろじろと冷たい視線で刺すように私を観察する。
「兵士も連れて行くんだから、雑用なんていくらでもいるじゃん。わざわざこの女を連れて行く意味が分かんない」
「まあまあそう言わずに〜! 彼女、記録係として役に立つよ〜。ボクちゃんの思いつきも正確に書き起こしてくれるし、どうしても連れて行きたくってさ〜」
「恐れ入ります」私はホクサイ先生の評価に素直に恐縮した。
自分の能力について、直接お褒めの言葉を頂けるのは有難いことだ。先生直属の研究員は、みな一度はこんな風に、彼に褒められたことがあるらしい。部下を評価できるだなんて、彼は本当に良い上司だ。おまけに顔立ちも良い。そして当然ながら頭も良い。ネジが何本か弾け飛んでしまっているぶっ飛び感は否めないが、それが何だと言うのだ。むしろそこが良い。可愛い顔、優秀な頭脳ときて、はちゃめちゃな思考回路。そのアンバランスさが、もはや良い塩梅なのだ。うん、自分でも何言ってるのかよく分からんな。来たれ語彙力。
いやしかし、ホクサイ先生は本当に良い上司だ。本当に、良い顔だ。実に良い顔だ。これ結局ホクサイ先生の顔が良いってだけの話じゃん? いや顔だけじゃないんですけどあっ、だめ、すき…………。
「ふ〜ん。文章書くの得意なんだ? っじゃ、今日の報告書の作成、君に頼むね」
「よろしくぅ〜★ βちゃん!!」
私が先生の顔に見惚れている間に、ライクツーさんとラブワンさんの間で、私が今日の視察の報告書を作成する、と勝手に話がついてしまったらしい。
えっ……うそでしょ?
それ、私の仕事じゃないんですけど。
助けを求めて再び先生を見つめると、「だってさ!」と子供のような笑みで返される。
「報告書の作成は軍人さんの仕事ですよね?」そもそも私、この視察任務には関係ない人間ですけど。
「書けないの?」先生は屈んで私の顔を覗き込み、う〜んと残念そうな顔を向けた。「キミならできると思ったんだけどなぁ。βクンはやればできる子でしょ?」
目の前の幼い顔がねっ、と微笑む。
この上司、余計な仕事増やしやがって。
ちくしょう……ちくしょう………
その顔も可愛いじゃないですか…………!!
「書きます。ええ、書きますよ」私は彼の容姿に打ちのめされて、ヤケ糞で叫んでいた。「書けばいいんですよねっ!?」
惚れた弱みとは、よく言ったものだ。
「あ、それとお前。僕とお兄ちゃんの側には絶っ対近寄らないでよね。僕らの女だと思われたら嫌だから」
車に乗り込もうとしたライクツーさんが、振り返ってそう言った。
ミジンコ以下を見る目だった。
「すみません」私は咄嗟に謝った。
なんかもう、息しててごめんなさい。


その後、助手βが先生と二人きりのブルーアイスケーブデート♡を実現させるものの、なぜか彼が全裸で氷漬けになるという大事件が起こるのは、また別の話である。





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