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マスターちゃんとホクサイくん

【死の蛍光】



「私が、本当は死ぬのがこわいって言ったら、ホクサイはどうする?」


これはずるい問いかけだ。
ビニールの天蓋に覆われたベッド。簡易的な無菌室の中で、彼女は暇を持て余す。だからこんな遊びをするのだ。自身の迫りくる死期でさえ、彼女は貴銃士たちを揶揄うための材料にしてしまう。
病室を訪れた貴銃士たちから、これと同じ質問をされたと聞いた。ゴーストは言葉に詰まったし、89は怖い顔で睨み返したという。彼らがどんな反応を寄越すのか、試しているのだ。
そして、ボクちゃんも試されている。
「生き返らせてあげようか」世界帝府の研究施設であれば、死者の蘇生は可能な気がした。
「言うと思った」彼女はくすりと小さく笑った。
「こんなことを訊いても、言葉に詰まらない薄情なところが、おまえらしい」
言葉には詰まらなかったけれど、息は詰まった。
彼女がとても綺麗に見えた。
この綺麗なものを手に入れたい。
抱き締めればいいのかなと思ったけれど、自分と彼女は透明な御簾で隔てられているのだと気がついて、諦めた。
「これは、病床のマスターには絶対に言うなって、89クンから言われてたんだけど」いつものように、彼女に研究の話を聞いてほしくなった。
「死は、青い光を放つんだよ」
彼女は目を丸くして、ぱちぱちと数回の瞬きをした。
「死にかけの線虫に紫外線を当てて観察すると、死の過程で青い蛍光が放たれることが分かったんだ」遮られないので、話を続ける。
「その光は、死ぬ瞬間に最大の強度になって、すぐに消える。青色蛍光のきっかけは、アントラニル酸を閉じ込めていた細胞膜が壊死と同時に破れて、細胞内の酸性コンパートメントからアントラニル酸が放出されたことで……」
話しながら、話題がすり替わっているなと反省した。青色蛍光の原理の説明は一旦やめて、つまり、と結論を口にした。
「死の瞬間に、キミはもっと綺麗になれるよ」
怖がらなくていい、と最後につけ足した。


死は、青い光を放つのだという。
無菌室の中で横たわる彼女のうつくしさ。
きっとあれが、死を目前にした人間の輝き。
それは最期にもっとも強く光り輝く。
そのうつくしい青の蛍光を、恐れることはない。


「それ、励ましているつもりなの?」
彼女は思いがけず、口を大きく開けてあははと笑った。ビニール越しに見えるその笑顔は、歪んだ表情で、泣いているようにも見えた。
やっぱり抱き締めたいなぁと、ぼんやりと思う。
この感情に名前があるならと探したけれど、生憎思い当たらなかった。





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