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君が代

1.






核戦争、世界帝、マスター。
そのすべてが、「国」と「銃」の化身が出会うための歯車。



***



二十世紀末、人類は大きな過ちを犯した。
人はおろか、大地や海、そして星までも破壊しかねない大規模な核戦争が同時多発的に勃発。人類は、自らの安寧の地を跡形もなく滅ぼした。
くに」を失った国の化身たちは、混沌とした世界をあてもなく彷徨う。「家」は無くとも、「民」は存在する。民を守り導く事こそ、国である彼らの絶対的な使命。その為にどんな選択をするのか、国の化身たちは決断を迫られる。
ある者は、「世界帝」と呼ばれる独裁を敷く新たな支配者に追随した。国の化身が存在する事を把握した世界帝は、彼らを捕虜として拘束し、国の民を人質に帝府の権威を世界の末端まで拡張しようと画策する。
世界帝は、隷属する国の化身に「民」の保身を約束した。
その代償として、「銃」を献上する事を求める。



「この銃は実戦で使われた事が無いと聞く」
世界帝の「マスター」と呼ばれる軍人が口を開き、くにの差し出した銃器に触れる。
極東の島国が所有していた自動小銃。
「君は、憲法によって戦争を放棄していたらしいな」
この軍人が語った事は全て事実だ。彼は過去の過ちから戦争放棄を謳う平和憲法をうち立て、争いを葬り去ろうとした。そんな彼を嘲笑うかのように、世界は逆走するように軍を拡張、武力を増強。平和を謳う彼もまた、自衛のための武装を余儀なくされた。
これは、そのための銃。
しかし、この銃を本物の戦争で使用したことは、ただの一度も無い。核の脅威の拡大が想定外に早かったからだ。
ゆえに、その実力は未知数。
されど可能性も秘めている。
「役に立つのかね」
訝しげな視線を投げかけるマスターに、「ええ」と彼は穏やかに答える。
「我が国の技術力の結晶。89式自動小銃は、きっとお役に立ちましょう」
それが、国の化身でありながら自らを「本田菊」と名乗る青年の言葉だった。



***



君が89式ですか、と幼い顔をした青年が柔かな表情で挨拶する。
「私は貴方の祖国。名を『本田菊』と申します」
青年が自分に話しかけ、笑いかけている事に、89は戦慄した。
「本田、菊?」
息をする口が開く。
舌が動き、喉が震える。
声が出る。
これが、人間の身体か。
「ようこそ世界帝へ。おまえのコードネームは『89』。以後、そう名乗るように」
そう話した軍人が、自身のマスターである事を89は認識した。マスターの存在というのは、一目見れば直ぐに分かるものらしい。これが本能というものだろうか。
靄のような意識はようやく整い、自分が「貴銃士」と呼ばれる銃の化身であり、戦うために呼び覚まされた事を、今はっきりと自覚する。
「俺は、89。マスターの貴銃士」
菊と名乗る青年の挨拶を真似て、自分に言い聞かせるように、辿々しく言葉を紡いだ。
「日本の、銃だ」



菊は俺の世話係だとか何とか言って、よく俺の世話を焼いた。貴方は生まれたばかりの赤子なんですから、爺がついていないと駄目なんですよ、と何度も揶揄われた。その度に嫌な顔をする俺を、あいつは孫でも見るかのような瞳で見つめて、無邪気に笑った。
俺は銃の化身だが、あいつは国の化身だと言う。
実はこの身体で生まれてくる前、正真正銘、銃の姿だった頃から、俺は菊の顔をよく知っていた。何度となく見かけたからだ。
菊本人も、俺のことは開発前から知っている、と口癖のように言っては威張った。童顔な事を気にしてなのか、やけに歳上ぶっている。実際、齢二千歳を優に超えるご長寿なのだから無理もないのだが、それにしても時たま言動が子供っぽい。
ゲームで対戦する時なんか、年齢が自分の百分の一にも満たない俺を相手に、情け容赦なく本気で勝ちに来やがる。あまり興奮させてぎっくり腰になられても面倒だから、菊が本気になると俺は早々と勝負を投げ打ち、わざと手を抜いて菊を勝たせてやる。
なんて爺ちゃん思いな孫だろう、と自分でも思った。
「また私の勝ちですね!」
普段は大人しく慎ましい彼の表情も、ゲームに勝つ時ばかりは弾けんばかりの笑顔を見せる。こうして笑っている顔は、本当に子供のようだ。
「貴方があまりに相手にならなくて、爺は退屈です」
「言ってろ」ゲームのコントローラーを手放し、頭の後ろで手を組んでごろんと床に寝転がる。「あんま興奮すんなよ。血圧上がるぞ」
こら、と菊の片手が軽く俺の頭を叩いた。
「年寄りを舐めると痛い目見ますよ」
へいへい、といい加減な返事をする俺は、やっぱりこの身体は良いものだ、と改めて思う。
菊の事が大切だ。
だから俺が守ってやる。
俺は元より日本こいつ守るために造られた銃だから、この想いが芽生えるのは当然の結果だろう。
「そういえば、この前の任務はいかがでした? 戦闘はあったのですか?」
「ねぇよ」寝転んで天井を見上げたまま、ぼそりと呟く。「モーゼルは実戦経験の無い俺を気遣って、下っ端兵に任せときゃいい石ころ探しなんかさせやがる。クソうぜぇ」
相変わらずベルガーには「童貞」と揶揄される毎日だ。俺だって好きで童貞でいるわけじゃねぇんだよ、と舌を打つ。
「そう焦らずとも、ハチくんのペースで成長していけば良いのですよ」
座布団の上で正座をしている菊は、とても姿勢が良い。ゲーム三昧のせいで猫背になっている俺とは大違いだ。ついでに心の余裕も。
「ハチくんがまだまだ未熟で、爺は心配です」
菊はそう言って手を伸ばし、俺の頭を優しく撫でた。
心配性だな、と目を閉じる。
菊に出会えて良かった。彼に触れ、見つめ、話すことのできる身体を与えてくれたマスターに感謝した。
貴銃士である俺は、当然マスターの事が最優先だ。彼に何かあれば、俺の存在自体も危うくなる。
そうなったら、もう、菊に会えない。
こうして彼に触れられる事も、ゲームで遊ぶ事もできなくなる。
不純な動機かもしれないが、だから俺はマスターに忠誠を誓うのだ。
菊の側に居られる、この身体を守るために。
そのためにも、早く戦いたい。



***



マスターの存在の背後に、菊の姿が透けて見える。それを煩わしく思う人間がいる事も知っていた。それでも、誰がこの想いを止められよう。
銃は、祖国のために戦ってきたのだ。
そのくにに愛着や親しみを抱くのは、当然だろう。
それなのに、何故。

「あなたを世界帝に預けて良かった」

菊が城を出て行く日、彼は俺の部屋を訪ねて、もう会えませんと穏やかに笑った。
菊は儀礼の時に着用する白い軍服を着込み、軍帽を被っている。こうしたフォーマルな格好の彼は、いつものしどけない着物姿より、ずっと美丈夫だった。
菊がどこに行くのかが分かった。
随分急だが、仕方のない事だと後に気づいた。
俺は愚かにも忘れていた。この世界を統べる存在を。彼らが菊を捕虜としている事、菊の「家」の民が人質にとられ、菊が彼らに逆らえない事。逃れられない事。
そうして、かの国の技術の結晶と謳われる俺が、かの国の民の保身と引き換えに、世界帝に差し出されたという事実を。

「大丈夫ですよ、ハチくん。貴方はもう、立派な貴銃士です。これからも、日本の精密な技術を証明してくださいね」

形式的な挨拶で取り繕い、菊は無理に笑ってみせた。

「ご武運を」

脱帽して美しく一礼した彼は、軍帽を被り直して、付き添いの兵士と共にその場を去った。
めんどくせぇ、と生まれて初めての涙を堪える。
貴銃士だの技術を証明だの、そんなことはどうだっていい。
俺はただ、祖国おまえを守るための銃でいたかった。






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