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マスターちゃんとホクサイくん

【神さまの価値】



人間は、どこで選択をあやまったのか。
微睡みの中で、生命の起源に想いを馳せる。
今から約四十億年前。地球上初の生命体は海の中で生きる単細胞生命だった。その生命に、血液は必要なかった。海水から直接必要な栄養を取り込むことができたからだ。
多細胞へと進化を遂げた生物は、海水をその体内に取り込み、これを体液とした。海水を元に作られた体液は、やがて人間の血液となる。そのため、人間の血液の組成は、人間の祖先となる生物が生まれた頃、四億年前の海水の組成と同じとも言われる。
この血は海水から作られた。
真っ青な海に揺蕩う塩水。
青かったはずなのに、なぜ、赤くなることを選んだのか。
きっと神の陰謀だ、と決めつけた。
この血を青く染めたいボクへの嫌がらせ。
神さまってのは、全くロクな事をしない。
目が覚めると、いつも通りの自分がベッドに横たわっている。
差し込む朝日に手を翳すと、赤い血潮が透けて見えた。その手を下ろして、胸いっぱいの溜息を漏らす。
今日もこの血は青くない。


実験が成功しない日々に辟易していた。
赤い血を持て余したまま、のうのうと生きている事に嫌気がさした。
来る日も来る日も、この身体に流れる血は赤いまま。
いっそ無能な自分を壊してくれとさえ願うほど、この心は病んでいた。


それは突然やって来た。
小さな人間の女の子。
「私は仕事が忙しくて、その子に十分構ってやれない。彼女が寂しくないように、おまえたちを護衛に付ける事にした。多少は世話をしてもらう」
これも大事な任務だと思い、心して取り組むように。マスターはそう念を押して、愛娘を紹介した。
Mädchenと呼ばれる生物と初めて出会った。
人間の子供と接触するのも初めてで、胸が高鳴る。
マスターに呼び醒まされ、この身体を得た時のような高揚感。
久し振りに、退屈を忘れた。


「マスター。お嬢ちゃんって可愛いね」
遊び疲れて眠る少女を背中に担いで、庭園を歩きながらホクサイは呟く。
「ボクちゃん、人間の子供はもっと気持ち悪いものだと思ってた」
そうか、とマスターはホクサイの隣で苦笑した。人間の子供は気持ち悪い、という彼の先入観を笑ったのだ。
「私の代わりに、おまえが守ってやってくれ」
「うん」
マスターの言葉に彼は頷き、そうして微笑む。
ああ、なんという幸運。
人間の子供だなんて。
最高だ。
彼は、最高の被験体を提供してくれた。
この男は、俺に彼女を会わせるために、俺のマスターになったのだ。


神さまの価値を訂正しよう。
たまには気の利いた事をする。





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