マスターちゃんとホクサイくん
【今すぐキミを切り開きたい】
覗き見たい。
その中身を切り開いて確認したい。
興味のある対象について、全てを知りたい。
至極当たり前な事だよね。
久々に休暇を貰い、彼女は街に出る予定だった。護衛と称してエフとベルガーを引き連れ、三人でカフェ巡りとショッピングを楽しむつもりだった。それはもう、スキップしてしまいたくなるほど浮かれていた。
しかし、二人の貴銃士と落ち合うはずの中庭で、意外にもホクサイと遭遇した。彼は白衣を着ている。科学者仲間と研究成果の報告会でも開いていたのだろう。その帰りだろうか。
目が合った瞬間に思った。
あ、白衣かっこいい。
毎日着ればいいのに。
「ところで、キミを解剖する時に使うメスの話なんだけど〜」
にこやかに話しかけられる。
「それっていつの話かしら」
そもそも、そんな話をした覚えが無い。
ところで、彼はその接続助詞の使い方を誤ってはいないだろうか。出会い頭に「ところで」と話し出す人間など見たこともない。普通「やあ」とか「こんにちは」とか、何かしら挨拶があるものだ。まあ、彼の場合はその突拍子も無い発言が挨拶のようなものなのだろう。
「今手元にこれだけあって、どれがいいか迷っててさ〜」
言いながら、彼は両のポケットからシャランと鋭いメスを取りだす。器用に指の間に挟まれたそれは、両手合わせてざっと8本。
よくそんなものが白衣のポケットから出てくるものだ。四次元ポケットか何かじゃないのか。
「マスター選んで!」
まるで婚約相手に結婚指輪を選ばせるような口ぶりで、ホクサイは微笑む。
何て良い笑顔なの、と彼女は素直に感心した。
「メスの種類ってそんなにあるのね」
「そうだよ〜! 切る物によって使い易い刃が違うからね」
「そうね……。無駄に痛いのは嫌だから、良く切れるものがいいわね」
「やだなぁ、切り開く時はちゃ〜んと麻酔打つから気にしなくて良いよ」
「それは局所麻酔、それとも全身麻酔? というか、その麻酔はきちんと効くのよね?」
「麻酔に関しては後々考えるとして、今はとにかく、メスを選んで欲しいなぁ。何でもいいはダメだからね? ボクちゃんとキミの初めての共同作業なんだから」
ケーキ入刀か。
花嫁を切り開く花婿なんて見たくもないが。
「やっぱり私は、切れ味重視ね。どうせなら綺麗に切り開いて欲しいものだわ」
「お客さん〜、そんなに切れ味が気になるなら、試しに切られてみます?」
「おまえ、いつになくノリノリね」
「だってマスターちゃんがノリノリだから」
ホクサイは唇を広げて綻ぶ。自分の意見を遮られない事が嬉しいようだ。
「ねえいいでしょ? モノは試しってことで」
一番切れ味が良いのはコレかなぁ、と呟いて選りすぐりの一品を手に取る彼を、「待って」と彼女は片手で制した。
「私を解剖するのは、私の血を青くしてからにして欲しい」
「そんなの待てないね」すかさず真顔で返される。「今すぐキミを切り開きたい」
内容は何というかまあアレだが、彼の愛情はひしひしと肌で感じる。彼の「解剖したい」と言う台詞は、余すところなく全てを知りたい、という独占欲の表れなのだ。あれ、ちょっとこれ、ストーカー男の思考っぽいかも。
何はともあれ、もう十分だ。
そんなに想われて、マスターちゃんは幸せよ。
だからこそ、彼にこの矛盾を提示しなくては。
「今すぐおまえが私を解剖するとしましょう。想像してみて。皮膚にメスを入刀します。脂肪を切り開きます。一緒に切れた血管から、赤い血がどばどば溢れます」
「赤い血……」ホクサイが呟いて静かになる。
「萎えるでしょう」ほら見なさい、と彼女は呆れた目を向ける。
「キミが真っ赤になるのはやだな〜……」急に元気を無くして悄気る。
「もう分かるわね。今おまえが優先すべき研究は?」
「キミとボクちゃんに流れる血を真っ青にすること!」
「よろしい」彼女はにっこりと微笑みかける。はなまる大正解だ。
「解剖するのはその後だね。真っ赤な血液が溢れ出るなんて耐えられない。残念だけど、我慢するよ」
「私も、おまえに切り開いてもらえなくて残念よ。早く私の血を青く染めてね」
「ウン!」
「良い子」
聞き分けの良いホクサイの頭をなでなでしつつ、そういえばあの二人はまだかしら、と彼女は首を傾げた。
「エッ……なに?」
「怖い怖い怖い」
二人だけの世界を構築する彼らの会話を盗み聞き、エフとベルガーは暫く姿を見せられなかった。
___
・おまけ
「あのねホクサイ」
「うん?」
「今からエフとベルガーを連れて街に行くのだけど、一緒に行かない? というか、あの二人は放っておいて、今から私と出掛けない?」
「行かない」満面の笑みで即答される。
「キミの血を青くする研究の方が優先」
だと思った、と彼女は肩をすくめる。
彼とは普通のデートができそうもない。
覗き見たい。
その中身を切り開いて確認したい。
興味のある対象について、全てを知りたい。
至極当たり前な事だよね。
久々に休暇を貰い、彼女は街に出る予定だった。護衛と称してエフとベルガーを引き連れ、三人でカフェ巡りとショッピングを楽しむつもりだった。それはもう、スキップしてしまいたくなるほど浮かれていた。
しかし、二人の貴銃士と落ち合うはずの中庭で、意外にもホクサイと遭遇した。彼は白衣を着ている。科学者仲間と研究成果の報告会でも開いていたのだろう。その帰りだろうか。
目が合った瞬間に思った。
あ、白衣かっこいい。
毎日着ればいいのに。
「ところで、キミを解剖する時に使うメスの話なんだけど〜」
にこやかに話しかけられる。
「それっていつの話かしら」
そもそも、そんな話をした覚えが無い。
ところで、彼はその接続助詞の使い方を誤ってはいないだろうか。出会い頭に「ところで」と話し出す人間など見たこともない。普通「やあ」とか「こんにちは」とか、何かしら挨拶があるものだ。まあ、彼の場合はその突拍子も無い発言が挨拶のようなものなのだろう。
「今手元にこれだけあって、どれがいいか迷っててさ〜」
言いながら、彼は両のポケットからシャランと鋭いメスを取りだす。器用に指の間に挟まれたそれは、両手合わせてざっと8本。
よくそんなものが白衣のポケットから出てくるものだ。四次元ポケットか何かじゃないのか。
「マスター選んで!」
まるで婚約相手に結婚指輪を選ばせるような口ぶりで、ホクサイは微笑む。
何て良い笑顔なの、と彼女は素直に感心した。
「メスの種類ってそんなにあるのね」
「そうだよ〜! 切る物によって使い易い刃が違うからね」
「そうね……。無駄に痛いのは嫌だから、良く切れるものがいいわね」
「やだなぁ、切り開く時はちゃ〜んと麻酔打つから気にしなくて良いよ」
「それは局所麻酔、それとも全身麻酔? というか、その麻酔はきちんと効くのよね?」
「麻酔に関しては後々考えるとして、今はとにかく、メスを選んで欲しいなぁ。何でもいいはダメだからね? ボクちゃんとキミの初めての共同作業なんだから」
ケーキ入刀か。
花嫁を切り開く花婿なんて見たくもないが。
「やっぱり私は、切れ味重視ね。どうせなら綺麗に切り開いて欲しいものだわ」
「お客さん〜、そんなに切れ味が気になるなら、試しに切られてみます?」
「おまえ、いつになくノリノリね」
「だってマスターちゃんがノリノリだから」
ホクサイは唇を広げて綻ぶ。自分の意見を遮られない事が嬉しいようだ。
「ねえいいでしょ? モノは試しってことで」
一番切れ味が良いのはコレかなぁ、と呟いて選りすぐりの一品を手に取る彼を、「待って」と彼女は片手で制した。
「私を解剖するのは、私の血を青くしてからにして欲しい」
「そんなの待てないね」すかさず真顔で返される。「今すぐキミを切り開きたい」
内容は何というかまあアレだが、彼の愛情はひしひしと肌で感じる。彼の「解剖したい」と言う台詞は、余すところなく全てを知りたい、という独占欲の表れなのだ。あれ、ちょっとこれ、ストーカー男の思考っぽいかも。
何はともあれ、もう十分だ。
そんなに想われて、マスターちゃんは幸せよ。
だからこそ、彼にこの矛盾を提示しなくては。
「今すぐおまえが私を解剖するとしましょう。想像してみて。皮膚にメスを入刀します。脂肪を切り開きます。一緒に切れた血管から、赤い血がどばどば溢れます」
「赤い血……」ホクサイが呟いて静かになる。
「萎えるでしょう」ほら見なさい、と彼女は呆れた目を向ける。
「キミが真っ赤になるのはやだな〜……」急に元気を無くして悄気る。
「もう分かるわね。今おまえが優先すべき研究は?」
「キミとボクちゃんに流れる血を真っ青にすること!」
「よろしい」彼女はにっこりと微笑みかける。はなまる大正解だ。
「解剖するのはその後だね。真っ赤な血液が溢れ出るなんて耐えられない。残念だけど、我慢するよ」
「私も、おまえに切り開いてもらえなくて残念よ。早く私の血を青く染めてね」
「ウン!」
「良い子」
聞き分けの良いホクサイの頭をなでなでしつつ、そういえばあの二人はまだかしら、と彼女は首を傾げた。
「エッ……なに?」
「怖い怖い怖い」
二人だけの世界を構築する彼らの会話を盗み聞き、エフとベルガーは暫く姿を見せられなかった。
___
・おまけ
「あのねホクサイ」
「うん?」
「今からエフとベルガーを連れて街に行くのだけど、一緒に行かない? というか、あの二人は放っておいて、今から私と出掛けない?」
「行かない」満面の笑みで即答される。
「キミの血を青くする研究の方が優先」
だと思った、と彼女は肩をすくめる。
彼とは普通のデートができそうもない。