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マスターちゃんとホクサイくん

【マスターちゃんも大概変態】



彼女は、HK33Eを抱えて廊下を歩いていた。
「マスター。任務の帰り?」途中で鉢合わせたエフが、あらまと驚いたように目を瞬く。「それ、ホクサイちゃん?」
ええ、と彼女はにこやかに頷く。HK33Eは、ホクサイの本体である実銃だ。彼女はその銃口を上向きにして、グリップの辺りを抱え持っている。
「何笑ってんのよ。その子、本体に戻っちゃうほど疲弊してんのよ。早く治してあげなさいな」
「いいえ、違うの。任務じゃなくって、一緒に寝てきただけなの」
「うわ、出たわね。マスターの特殊性癖」エフは堪らず顔を顰めた。
我らがマスターには、銃を抱きしめると安眠できる、という謎の性質がある。抱き枕でもぬいぐるみでも、ましてや銃のレプリカでもない。正真正銘、本物の銃器でないと、その安眠は訪れないという。
戦場ならまだしも、日常生活で銃を抱いて安眠するなど、情操教育に失敗している。精神的に欠陥があるとしか思えない。
「最近疲れてたから、そろそろ誰かを抱いて眠りたかったの。何だか、この子のサイズ感が妙に恋しくなって」
「サイズ感ね……」
HK33Eはアサルトライフルの中でも全長が短く持ち運び易い。ファルの本体であるFALに比べると随分スマートで、腕に収めるには丁度良い大きさらしい。
「研究で忙しそうだったけど、仮眠だけでもいいからってお願いしたら、付き合ってくれたわ」
ホクサイは優しいわね、と猫撫で声で囁いて、彼女は実銃のハンドガード周辺をよしよしと撫でる。
「嘘ばっかり」エフは呆れたように溜息を吐いた。
「アンタの事だから、どうせ弱味を握って脅したんでしょう」
「まあ、エフったら。マスターである私に向かって何てこと言うの?」
信じられない、と彼女は大袈裟に驚いてみせる。ホクサイ(の本体)を抱いて眠ったからか、普段より機嫌が良い。いつもより鮮やかなリアクションを返してくる。
「私がそんな姑息な手を使うと思って? ねー、ホクちゃん」
「ホクちゃん?」そんな愛称初めて聞いたわ。
当然ながら、銃の姿をしたホクサイから返事は無い。
「恥ずかしがって黙っちゃった」抱えたアサルトライフルをぎゅっと抱き寄せ、ふふっと彼女は小さく笑った。「可愛い子」
「ほんと言いたい放題ね……」
返す言葉もない、とエフは首を横に振る。ホクサイの気苦労が手に取るように分かる気がした。
彼が未だに銃の姿でいるのは、引きこもってしまった証拠だ。物理的な攻撃を受けた訳ではないから、容易く人型に戻れるはず。あえてそうしないのは、自分を弄ぶ彼女と顔も合わせたくないし、口も聞きたくないからだ。
「あっ。ねえ見て、エフ。お姫様抱っこ!」
銃口を上に向けて抱えていたホクサイを横に寝かせて、その両端を持って掲げながら彼女は楽しそうに笑う。
「ああ、……そうね」
エフは心底同情した。
きっと彼のプライドはボロボロだ。
「今日はもう暇だし、この子ともう一眠りしようかしら」
「ちょっと。もうやめてあげなさい」
「どうして? ホクサイもなかなか人型に戻らないし……これってYESって事でいいのよね?」
「アンタねぇ……」
「それとも、代わりにエフが私と一緒に寝てくれる?」
「冗談じゃないわよ」
ひやりと刺すように冷たい目線で、自身の抱き枕フラグを全力回避する。
『………ッ!!!』
エフは、ホクサイの必死の叫びを聞いたような気がしたが、気のせいねと知らんぷり。
アタシだって自分の身が可愛いのよ。
ごめんね、ホクちゃん。
「もう、エフったら。恥ずかしがり屋さんなんだから」エフの冷たい態度を照れ隠しだと思い込んだ彼女は、うふふと微笑む。
「私に抱かれたくなったら、素直に言うのよ」
鼻歌混じりに歩き出し、ホクサイの本体を抱えて二度寝に向かう後姿。何はともあれ、彼女が元気そうで何よりだ。
マスターも大概変態ね、というエフの呟きは、ホクサイの声無き声に掻き消された。





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