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マスターちゃんとホクサイくん

【お医者さんごっこ】



「ベルガーがね、ホクサイはロリコンだから気をつけろ、だって」
「ロリコンはアインスさんの間違いじゃない?」
ベッドの上で仰向けになり、大の字に両手両足を広げた少女は、きゃははと甲高い声で笑った。アインスが聞いたら激怒しそうな台詞を、事も無げに言うホクサイが面白い。



少女の就寝時には、子守役として貴銃士一人が添い寝をすることになっていた。マスターから指名された数人が、日替わりで少女の寝室を訪れ、夜を共に過ごした。護衛という名目だったが、実のところ、マスターは愛娘に寂しい思いをさせたくないだけなのだ。面倒な仕事だと思っていたけれど、新たな研究を思いついた今となっては、これが実に都合が良い。
「私の手脚、伸びた?」メジャーで手脚の長さを採寸し続けるボクに、少女は無垢な瞳を向ける。「大きくなったら、手脚が長くて、綺麗なお姉さんになりたいの」
「そっか〜」しゅるりとメジャーを仕舞って、寝そべる少女に微笑み掛けた。「お嬢ちゃんなら、きっとモデルになれるよ」
「本当?」少女は、嬉しそうにはにかむ。
「はい、終わり〜!」ベッドの上の彼女に両手を差し出し、小さな手を握って引っ張る。「次は髪の毛〜」
「は〜い!」ホクサイに両手を引かれて上体を起こした彼女は、ころころと無邪気に笑っていた。
「ホクサイは、お医者さんごっこが好きね!」
少女にとっては、身長や手脚の長さを測ったり、髪の毛の状態や伸びた長さを調べられる一連の行為は、『お医者さんごっこ』だった。
「そうだね」
粘つくような微笑みを浮かべて、少女の漆黒の髪に触れる。絹のように滑らかな一本一本の選ばれたひとつを指先で摘み、適当なところを鋏で切り取る。
人間の子供、とりわけ女の子供の成長過程のデータが欲しい。それ則ち、人間が人間をその胎に宿し、育み、産み出す仕組みを知ることになる。
少女は妊婦を作るための、最適な被験体。
彼女に子を孕ませて、ボクは人体の神秘に触れる。
貴銃士として人の生を受けた今しかできない、貴重な体験だ。この血を青くすることの次に、興味のある研究テーマ。
彼女が子を身籠ったら、出産までの経過を観察するのも興味深いが、その胎を切り開いて胎盤と胎児の仕組みをこの目で確かめることも捨て難い。この点は悩みどころだが、その時が来たら気分で決めよう、と楽観的に考えている。



程なくして、ボクらの子守役の仕事は廃止された。マスターからの命令だった。娘は大人になったから、というのが、マスターからの説明だ。意味が分からない。彼女はまだ十三歳。成人には五歳満たない。
「キミが大人になったって、どういうこと?」
少女に会った時、ふいに尋ねてみたら、彼女はちょっと言いにくそうな顔をした。ボクがしつこく尋ねるものだから、彼女は仕方がなさそうに、小さな声でこう答える。
「初潮がきたから……」
目からウロコの発言だった。
考えてみれば当然のことだが、それは、女性が子供を身籠るために必要な機能の発端だ。つまり、少女は、その身体が耐え得るかは別として、子を宿せる身体になった。そういう意味での「大人になった」ということだ。
喜ばしいことだった。
ボクの研究が、一段階進歩した。
いつきたのだと尋ねると、一昨日、と彼女は伏し目がちに答える。尋問と勘違いされているかもしれない。
月経とは、受精卵を受け入れるための内膜が剥がれ、血液とともに体外に排出される現象。
その経血を採取したい。
「見せて!!」


そう言って笑ったボクに、彼女の強烈な平手打ちが飛んできたのは、誤算だった。





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