マスターちゃんとホクサイくん
【レプリカ】
「マスター」
ホクサイが大量の古銃を両腕に抱えて歩いてくる。どこでそんなもの見つけたのだと尋ねると、地下の武器庫らしき倉庫にあったのだと彼は答えた。敵を殺して獲物を奪ってきた兵士のように、誇らしげに微笑む彼。褒めて、とその顔に書いてあった。
「なぜ持ってきたの」
「マスターの力で、古銃の貴銃士を何人か目覚めさせてよ。そいつらを実験台に色々試したくってさ〜。あのキラキラ光る現象も解明したいし」
そしたらあんなものに手古摺らずに済むよね、と彼は言葉を続ける。キラキラ光る現象とは、絶対高貴の事を言っているらしい。何とも幼稚な表現だ。
「おまえが持っているそれは、残念ながらレプリカよ」
「レプリカ?」
「偽物ってこと」
彼は古銃のレプリカを抱えたまま、きょとんとした表情で突っ立っている。この世にそんなものが存在するなんて思いもしなかった、という感じか。
「銃としての性能は皆無よ。捨てなさい」
「でもさ〜、バラして部品だけでも利用できない?」
「高性能なおまえたちが、古銃の部品で事足りる訳ないでしょう。軍には優秀な技師がいます。彼らに頼めば、部品なんて幾らでも用意できるわ」
ちぇっと彼は唇を尖らせる。両腕に抱えたレプリカをどちゃっとその場で投げ捨てて、古銃を沢山回収すればマスターに褒められると思ったのに、と呟いた。
「ホクサイ」彼の左肩を見て、彼女は眉を顰める。「撃たれたの?」
「んん?」
古銃を抱え持って来た時は気づかなかったが、青い迷彩服の左肩辺りに被弾した痕が認められる。しかし当の本人は全く意識していなかったようだ。指摘すると「わあ、本当だ」と驚いた。
「大変だよマスター。ボクちゃんの血が真っ赤」
「みんな真っ赤よ」言いながら、彼女はその患部に片手を添える。白い手袋が僅かに透け、手の甲の痣が光を放っているのが分かる。
疼くような痛みが腕を走る。
それを顔に出さないよう、苦痛を押し遣る。
「処置完了」
囁くように報告を終えて手を離す彼女に、ホクサイはにっこりと微笑み返す。
「マスターはメディックらしくないよね〜」
「メディックらしくない?」
「治療じゃなくて手術みたいだ。ドクターだね」
彼の言わんとすることは理解できる。要するに、怪我だけでなく心にも癒しを与える「白衣の天使」らしくないと彼は言いたいのだ。優しさが足りないと文句でも付けるつもりだろうか。
しかし彼女の予想とは裏腹に、ボクちゃんはマスターの治療が好きだよ、と彼は言葉を続けた。
ドクターは常に冷静で的確な処置を施す。患者に媚びない。手術は仕事だと割り切っている。全てに無駄がなくて美しい。
彼は概ねそのような内容を話して、こう締めくくった。
「だからマスターは、ボクちゃんも容赦なく処分する」
犬は主人に尻尾を振って当然だ。
彼等はただ信頼と尊敬の念に満ちた瞳で、主人を見上げる。それが世界で最も人間に従順な生き物の美徳。人の手によって造られ、使われ、その存在を保っている銃たちも、また犬に等しい。ただ引き金に指を掛ける者の意思に従う。その者が抱えている嘘や欺瞞、狡猾さには気付かずに。
車の後部座席では、ホクサイがくうくうと呑気に寝息を立てながら、隣の彼女に寄りかかる。その重みは全幅の信頼と同等。
「随分と手懐けたものですね」車を運転しているファルが、バックミラーで後ろの主従を確認してはくくっと嗤った。「何挺目でしたっけ。そのホクサイ」
「五挺目」素早く手短に彼女は答える。
「いい加減、貴女の気に入る彼が出て来てくれるといいんですがね。その人はどうなんです?」
「まだ未知数ね」容赦なくもたれ掛かってくる成人男性の重みに顔を歪めて、彼女は溜息を吐いた。
前任のマスターである父が目覚めさせた、一挺目のホクサイ。彼女がマスターを引き継ぎ、ある大きな作戦に彼を連れて行ったところ、彼は壊れて無くなった。部品も残っていなかった。
貴銃士が死ぬということを初めて知った。
「要らなくなったら、また私が処分して差し上げましょう。同胞を葬るなど、胸が痛みますが」
ファルはハンドルを握りながら恍惚とした表情で呟く。心の痛みを理解するほどのまともな感情を、彼が持ち合わせるわけがない。
「疲れたわ」頭痛を感じて、彼女は目を瞑る。眠ったふりをして、この会話を放棄した。「着いたら起こして」
「かしこまりました」彼女の心情を察してか、無駄口を叩かずにファルは応えた。「ごゆっくり」
一挺目を失ってから、自身も貴銃士を目覚めさせる力を持ち合わせていることを、彼女は知った。
HK33Eと呼ばれる彼の本体を、世界帝軍は有り余るほど所持している。その一つに呼びかけると、彼は再び貴銃士として、あまりにも容易に彼女の前に現れた。
以前と同じ容姿、声、話し方。
父が呼び覚ました最初の彼を、取り戻したつもりでいた。
以前と同じ容姿、声、話し方。なのに何かが欠けている。一挺目の彼に感じた愛着を、二挺目の彼には感じない。
気持ちが悪くなって廃棄した。
三度目の挑戦を試みた。
また廃棄した。
そんな心ない行為を繰り返した結果だろうか。四挺目の彼は、今までになく粘着質な甘えたで、そのくせ癇癪持ち。完全に腫れ物で、管理にも非常に苦労を要した。廃棄処分にされると分かると、最後まで縋り付いてきて、必死の形相で訴えられる。
いやだ。捨てないで。
また君は僕を見捨てるの。
何度捨てたら気が済むの。
マスター、ねえ、ねえったら。
この時ばかりは耐え切れず、思わずファルの名前を叫んだ。
この四挺目を撃って。今すぐに。
ファルは一瞬目を見開くが、聞き分けの良い部下らしく、微笑みとともに引き金を引いた。
貴女のお気に召すままに、と。
「マスター」
揺れる車内。突き上げる心地良い振動。
夢現の中で、彼女は呼び声に目を開く。
「もうボクちゃんを捨てないでね」
隣で寄りかかったままの彼が、そう口をきく。
今度はちゃんと良い子にするから、と笑いながら擦り寄ってきた。
犬は主人に尻尾を振って当然だ。
人の手によって造られ、使われ、その存在を保っている銃たちも、また犬に等しい。
「マスター」
ホクサイが大量の古銃を両腕に抱えて歩いてくる。どこでそんなもの見つけたのだと尋ねると、地下の武器庫らしき倉庫にあったのだと彼は答えた。敵を殺して獲物を奪ってきた兵士のように、誇らしげに微笑む彼。褒めて、とその顔に書いてあった。
「なぜ持ってきたの」
「マスターの力で、古銃の貴銃士を何人か目覚めさせてよ。そいつらを実験台に色々試したくってさ〜。あのキラキラ光る現象も解明したいし」
そしたらあんなものに手古摺らずに済むよね、と彼は言葉を続ける。キラキラ光る現象とは、絶対高貴の事を言っているらしい。何とも幼稚な表現だ。
「おまえが持っているそれは、残念ながらレプリカよ」
「レプリカ?」
「偽物ってこと」
彼は古銃のレプリカを抱えたまま、きょとんとした表情で突っ立っている。この世にそんなものが存在するなんて思いもしなかった、という感じか。
「銃としての性能は皆無よ。捨てなさい」
「でもさ〜、バラして部品だけでも利用できない?」
「高性能なおまえたちが、古銃の部品で事足りる訳ないでしょう。軍には優秀な技師がいます。彼らに頼めば、部品なんて幾らでも用意できるわ」
ちぇっと彼は唇を尖らせる。両腕に抱えたレプリカをどちゃっとその場で投げ捨てて、古銃を沢山回収すればマスターに褒められると思ったのに、と呟いた。
「ホクサイ」彼の左肩を見て、彼女は眉を顰める。「撃たれたの?」
「んん?」
古銃を抱え持って来た時は気づかなかったが、青い迷彩服の左肩辺りに被弾した痕が認められる。しかし当の本人は全く意識していなかったようだ。指摘すると「わあ、本当だ」と驚いた。
「大変だよマスター。ボクちゃんの血が真っ赤」
「みんな真っ赤よ」言いながら、彼女はその患部に片手を添える。白い手袋が僅かに透け、手の甲の痣が光を放っているのが分かる。
疼くような痛みが腕を走る。
それを顔に出さないよう、苦痛を押し遣る。
「処置完了」
囁くように報告を終えて手を離す彼女に、ホクサイはにっこりと微笑み返す。
「マスターはメディックらしくないよね〜」
「メディックらしくない?」
「治療じゃなくて手術みたいだ。ドクターだね」
彼の言わんとすることは理解できる。要するに、怪我だけでなく心にも癒しを与える「白衣の天使」らしくないと彼は言いたいのだ。優しさが足りないと文句でも付けるつもりだろうか。
しかし彼女の予想とは裏腹に、ボクちゃんはマスターの治療が好きだよ、と彼は言葉を続けた。
ドクターは常に冷静で的確な処置を施す。患者に媚びない。手術は仕事だと割り切っている。全てに無駄がなくて美しい。
彼は概ねそのような内容を話して、こう締めくくった。
「だからマスターは、ボクちゃんも容赦なく処分する」
犬は主人に尻尾を振って当然だ。
彼等はただ信頼と尊敬の念に満ちた瞳で、主人を見上げる。それが世界で最も人間に従順な生き物の美徳。人の手によって造られ、使われ、その存在を保っている銃たちも、また犬に等しい。ただ引き金に指を掛ける者の意思に従う。その者が抱えている嘘や欺瞞、狡猾さには気付かずに。
車の後部座席では、ホクサイがくうくうと呑気に寝息を立てながら、隣の彼女に寄りかかる。その重みは全幅の信頼と同等。
「随分と手懐けたものですね」車を運転しているファルが、バックミラーで後ろの主従を確認してはくくっと嗤った。「何挺目でしたっけ。そのホクサイ」
「五挺目」素早く手短に彼女は答える。
「いい加減、貴女の気に入る彼が出て来てくれるといいんですがね。その人はどうなんです?」
「まだ未知数ね」容赦なくもたれ掛かってくる成人男性の重みに顔を歪めて、彼女は溜息を吐いた。
前任のマスターである父が目覚めさせた、一挺目のホクサイ。彼女がマスターを引き継ぎ、ある大きな作戦に彼を連れて行ったところ、彼は壊れて無くなった。部品も残っていなかった。
貴銃士が死ぬということを初めて知った。
「要らなくなったら、また私が処分して差し上げましょう。同胞を葬るなど、胸が痛みますが」
ファルはハンドルを握りながら恍惚とした表情で呟く。心の痛みを理解するほどのまともな感情を、彼が持ち合わせるわけがない。
「疲れたわ」頭痛を感じて、彼女は目を瞑る。眠ったふりをして、この会話を放棄した。「着いたら起こして」
「かしこまりました」彼女の心情を察してか、無駄口を叩かずにファルは応えた。「ごゆっくり」
一挺目を失ってから、自身も貴銃士を目覚めさせる力を持ち合わせていることを、彼女は知った。
HK33Eと呼ばれる彼の本体を、世界帝軍は有り余るほど所持している。その一つに呼びかけると、彼は再び貴銃士として、あまりにも容易に彼女の前に現れた。
以前と同じ容姿、声、話し方。
父が呼び覚ました最初の彼を、取り戻したつもりでいた。
以前と同じ容姿、声、話し方。なのに何かが欠けている。一挺目の彼に感じた愛着を、二挺目の彼には感じない。
気持ちが悪くなって廃棄した。
三度目の挑戦を試みた。
また廃棄した。
そんな心ない行為を繰り返した結果だろうか。四挺目の彼は、今までになく粘着質な甘えたで、そのくせ癇癪持ち。完全に腫れ物で、管理にも非常に苦労を要した。廃棄処分にされると分かると、最後まで縋り付いてきて、必死の形相で訴えられる。
いやだ。捨てないで。
また君は僕を見捨てるの。
何度捨てたら気が済むの。
マスター、ねえ、ねえったら。
この時ばかりは耐え切れず、思わずファルの名前を叫んだ。
この四挺目を撃って。今すぐに。
ファルは一瞬目を見開くが、聞き分けの良い部下らしく、微笑みとともに引き金を引いた。
貴女のお気に召すままに、と。
「マスター」
揺れる車内。突き上げる心地良い振動。
夢現の中で、彼女は呼び声に目を開く。
「もうボクちゃんを捨てないでね」
隣で寄りかかったままの彼が、そう口をきく。
今度はちゃんと良い子にするから、と笑いながら擦り寄ってきた。
犬は主人に尻尾を振って当然だ。
人の手によって造られ、使われ、その存在を保っている銃たちも、また犬に等しい。