このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

マスターちゃんとホクサイくん

【赤と青の恋模様】



ホクサイが赤い花のブーケをくれた。
私は、内心で飛び上がるほど驚いた。
自分の血を青くする生体実験に夢中な彼が、私のために花束を、しかも彼の忌避する赤い色の花で用意するなんて。
「ハリケーンでも来るんじゃない?」
私は呆然とブーケを受け取る。お礼を言うのを忘れたことに気がついた。
「北緯60度、東経30度の範囲に位置するこの地域に、その手の強烈な熱帯低気圧がやってくるデータはないよ」彼が答える。
「それに、ハリケーンは北大西洋で発生するものの名称だね。ここから最も近いところだと、東経100度以西の北インド洋で発生するサイクロンになるけれど、それが北上してくるのもあり得ない」
サイクロンが北上してくるほどあり得ない事だ、という例え話をしたつもりなのだが、どうやら通じていないらしい。彼らしい答え方だとは思うのだが、この地に熱帯低気圧が来るかどうか、という議論をしたいわけではない。
「大丈夫?」
「何が」
「これが何色か、認識してる?」
「赤いね」最悪だ、と同じ語感だった。「すごく真っ赤だ」
「…………」
「ねえ、真っ青はどうして『まっさお』と言うのかな。真っ黒、真っ白はあるけれど、『まっあお』はないよね。まっか、は赤の前につく『ま』に『あ』の音が含まれているから、後ろが『か』だけになると思うんだ。それなら真っ青も『まっお』とかになりそうだよね。まあ、たぶん、言いにくいから語感合わせで『青』を『さお』と読ませるんだろうけど、この『さ』って、一体どこから来たんだろう。あ〜〜〜あと、すごく赤いものを『まっかっか』って強調する言葉があるのに、『まっさおさお』がないのも不思議だな〜」
目の前の現実から目を背けるように、ホクサイは言葉の構成について勝手な屁理屈を捏ねる。彼の顔色は『まっさおさお』だ。すごく青い、という意味だ。
「あなた、頭がおかしくなったの?」
そう言ってから、可笑しくて吹き出しそうになる。彼がまともだったことが、一度でもあっただろうか。
「自分が自分じゃなくなりそうだね」
赤い贈り物を渡したことが相当こたえたのか、ホクサイは不気味なほど落ち着いている。
「信じられない」
私は手元の花を見て、それから彼の目を凝視した。赤の対照が青であっても、彼の目の色は花の赤に勝るとも劣らない。
「どうして、赤い花なんて……」
「だってマスターは、赤いのが好きでしょ?」
その感性は理解できない、という不満顔で彼は言った。
とうとう私は、笑いを堪えきれなくなった。
「……ヘン?」彼はなんだか不安そうに尋ねてくる。赤い花束を贈る自分を受け入れ難いのか、情緒不安定になっている。
「すっごく変!」私は口を大きく開けて、遠慮会釈なくあははと笑った。
「あなたの好きな色で選ばないでくれたのね」変な言い回しだと思ったけれど、これが素直な感想だ。
私は赤い色が好き。
それは鮮やかで美しく、活力に溢れ情熱的。
でも何より魅力的なのは、その色彩が、彼の気をひくということだ。
「ねえホクサイ。私が赤を好むのは、どうしてだと思う?」
真紅のガーベラの花束を抱えながら、私は意地悪く彼を見上げる。
「ボクちゃんへの嫌がらせなんでしょ?」彼は一層不機嫌な表情で、低い声で呟いた。
「はずれ」見当違いな答えに、自然と綻ぶ。
「答えは、あなたが染めに来てくれるから!」
これほどまでに心踊る、素敵な色があるだろうか。





16/31ページ