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マスターちゃんとホクサイくん

【青髭】



彼のラボには開かずの間がある。
私はそこに眠っている。


「彼女たちは、キミをつくるための材料だよ」
ふいに和やかな声がした。
部屋の中央に呆然と佇んでいた私は振り向き、目を見開く。
「あなた、出掛けたはずじゃ」
「この部屋のこと、キミに言い忘れたなぁと思って」
後ろ手に部屋のドアを閉めたホクサイは、にっこり笑った。
強烈な青い光に包まれた部屋の中で、彼の微笑みは不気味な影をつくる。
「でも、遅かったねぇ。……ほら」
鍵穴に挿しっぱなしにしていた鍵束を、彼の片手がじゃらりと取り出す。ある鍵だけが、血に塗れたように赤く光っていた。
「この部屋の鍵穴には、仕掛けがあってね。鍵を挿すと、薬品が付着して、こうやって青い光に翳すと赤く浮かび上がるんだ。つまりキミは約束を破って、この部屋の鍵を開けたことになるね」
マスターちゃんはわるい子だなぁ、と鍵束をしまって彼は言った。
私をつくるための材料?
彼女は、ぐるりと部屋を見回す。
無秩序に点在している、柩のようなガラスの入れ物。それらは縦型で床に自立し、多くの管に繋がれて、中は液体で満たされている。
その中で眠る裸の女性。
人種も年齢も、てんでバラバラ。
「青い光は、人の細胞を活性化させるんだ。彼女たちの身体も、こうして青く照らしておけば、新鮮なまま保存できるかな〜と思ってさ。名案だろう?」
私は、数歩後ずさった。
常に靄のように曖昧なアイデンティティが、いま形を成そうとしている。
「ボクちゃんのコレクションを見てよ」柩の間を縫って歩いて、彼は話した。
「この子は、キミの髪色。こっちの彼女は、キミの顔。向こうの彼女は、キミの腕」
頭の形、胸の大きさ、太腿の長さ、胴と手足の比率。すべて私の身体の特徴。細分化されたデータ。
「彼女たちの遺伝子をつなぎあわせて、キミができる」
柩の間から姿を覗かせる彼は、そう機嫌よく喋りながら、踊るようにくるくると回る。
「でもねぇ、瞳の色だけは、材料が手に入らないんだ」彼はひたりと立ち止まり、つなぎのポケットに両手を突っ込む。「あの不思議な色彩、本当に生意気だ。このボクを、こんなに煩わせるなんて……」ガラスの柩がそびえ立つ中で、青い光を放つ天井をじっと見上げては嘆息する。「どうしたら、あれを再現できるのかな?」
ひどく真剣な表情で、私は彼に見つめられる。
答えを求められているような沈黙。
否、そうではない。
「キミの瞳はうまくできた方だから、それはコレクションしておこう」
彼が評価を下すための、ただの小休止に過ぎない。
「私は何人目なの」
怖いと思いながら、聞かずにはいられなかった。
柩の間から躍り出てきた彼は、私の目の前に立ち塞がり、あははと軽快に笑ってみせた。
「もう気づいちゃった?」


私は彼の言っている『キミ』ではない。
オリジナルを模してつくられたレプリカ。
一人目の記憶や趣味趣向をプログラムされた量産品。
使い捨てのマスターの器。

「ボクちゃんは、一度壊れてからキミに呼び戻されて、それから何度もキミに壊された。
だから今度は、ボクがキミを壊して、そうして何度もつくりかえるよ。
これが永遠。そうでしょ? マスター」


「私は、死んでいるの?」
自分が誰なのか、分からなくなる。
オリジナルを模してくつられたレプリカは、オリジナルと同一か、それとも全くの別物か。
「それってどういう意味?」ホクサイは面白そうに笑った。
「キミは生きているじゃないか」



何度でも生まれ変わらせる。
大丈夫だよ。
きっとキミをうまくつくるよ。
こんなにあいしているんだもの。
逃がすものか。





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