マスターちゃんとホクサイくん
【青い夢】
「ホクサイ」
呼びかけると、「うん」と「なに」という二つの返事が、両の耳元で同時に響いた。ベッドに潜った少女の両脇には、二人の男が横たわる。一人は『ボク』、もう一人は『俺』と一人称が異なる彼らは、どちらも同じホクサイだ。少女は、ポケットを叩いた分だけクッキーが増えてゆく歌のことを思い出し、ふふっと笑った。好きなものが増えるのは、嬉しい。
「サンタさんが赤いのは、どうしてなの?」
「コークの会社の陰謀だ」左の彼が素っ気なく答えた。このホクサイは、話し方も表情も、普段の彼とは似ても似つかない。抑揚のない落ち着いた声で、少々乱暴な物言いをする。ブルーの瞳は常に冷たく光っていた。
「キミは身も蓋もないことを言うね〜」あは、と右の彼がへらへらと笑った。こちらはいつも通りのホクサイだ。波のようにゆったりと抑揚をつけ、柔らかな言葉でお喋りする。いつもにこやかで、機嫌が良い。
「ホクサイは、プルシアンブルーが好きでしょう? だから、サンタさんも青く染めに行くの?」
「もちろんだよ」右の彼が呟いた。
「サンタさんに会ったら、伝えてほしいの。私、大きくなったら、『マスター』になりたいですって」
「それは願い事だな」左の彼が、小馬鹿にするように鼻で笑った。「サンタクロースは、プレゼントを配るだけだ。願いを叶えてくれるわけじゃない」
「プレゼントなんて要らないもん」毛布を手繰り寄せ、口元まですっぽりと覆った彼女は、むっと不貞腐れた表情を浮かべた。「玩具もお菓子も、我慢するから、私は『マスター』になりたいんだもん」お父様みたいに、とその小さな唇が呟いた。
「お嬢ちゃんが、ボクちゃんたちのマスターか〜。それは楽しみだね」
「いいから、子供はさっさと寝ろ」左のホクサイが言う。相変わらず無愛想な言い方だが、その瞳は珍しく笑っていた。「夜更かしする子は、ジェド・マロースに攫われるぞ」
「お嬢ちゃんは、『マスター』になりたいんだって」少女の右脇で肘を突き、横向きになって彼女の寝顔を見つめながら、ホクサイは向かいの彼に囁きかける。「どう思う?」
「白々しい。興味も無いくせに」少女の左脇で、同じく肘を突いて横たわるホクサイが、右側の彼を一瞥する。「赤を青に染める研究と、この子供を利用する実験にしか興味が無い。マスターも、世界帝も、本当はどうでもいいんだろ。そういう奴だ、お前は」
目に飛び込んだ自分と同じブルーの双眸が、柔和に細められた。下手な笑顔だ。
その微笑の下で、右の男が何を求め、また何を企んでいるのか、左の彼には手に取るように分かる。
「神がどうして人々に崇められるか知ってるか」
「さあ?」
「与えてから、奪うからだ」
はじめに全てを与え、最期には積み上げたものを全て奪う。積み木崩しだ。この理不尽さを知ってこそ、人は神を奉る。
「お前がこの子供を思うままにしたいなら、全てを与えろ。こいつが何を求めても、全て聞き入れ、自由にさせろ」
「他の貴銃士の横槍になんて構うなよ。こいつは必ず、自由を与えるお前を気に入る。信用する。必ずお前のもとへ帰る」
「そして全てを奪う時、お前がこの女を手に入れる」
「ボクちゃんが彼女の神になるの?」わお、と向かいの彼は戯けてみせた。「鳥肌モノだね」
この道化師には虫唾が走るが、奴には利用価値がある。目的を果たすまでは、野放しにしておくのが賢明だろう。
「せいぜい上手くやれよ、『ボクちゃん』」
「『俺』もね」
穏やかに微睡む可憐な少女を挟んでは、二人のホクサイは醜悪で、妖艶な笑みを浮かべてみせる。
一度きりの実験に失敗は許されない。
さあ、この少女を俺達で染めてやろう。
「ホクサイ」
呼びかけると、「うん」と「なに」という二つの返事が、両の耳元で同時に響いた。ベッドに潜った少女の両脇には、二人の男が横たわる。一人は『ボク』、もう一人は『俺』と一人称が異なる彼らは、どちらも同じホクサイだ。少女は、ポケットを叩いた分だけクッキーが増えてゆく歌のことを思い出し、ふふっと笑った。好きなものが増えるのは、嬉しい。
「サンタさんが赤いのは、どうしてなの?」
「コークの会社の陰謀だ」左の彼が素っ気なく答えた。このホクサイは、話し方も表情も、普段の彼とは似ても似つかない。抑揚のない落ち着いた声で、少々乱暴な物言いをする。ブルーの瞳は常に冷たく光っていた。
「キミは身も蓋もないことを言うね〜」あは、と右の彼がへらへらと笑った。こちらはいつも通りのホクサイだ。波のようにゆったりと抑揚をつけ、柔らかな言葉でお喋りする。いつもにこやかで、機嫌が良い。
「ホクサイは、プルシアンブルーが好きでしょう? だから、サンタさんも青く染めに行くの?」
「もちろんだよ」右の彼が呟いた。
「サンタさんに会ったら、伝えてほしいの。私、大きくなったら、『マスター』になりたいですって」
「それは願い事だな」左の彼が、小馬鹿にするように鼻で笑った。「サンタクロースは、プレゼントを配るだけだ。願いを叶えてくれるわけじゃない」
「プレゼントなんて要らないもん」毛布を手繰り寄せ、口元まですっぽりと覆った彼女は、むっと不貞腐れた表情を浮かべた。「玩具もお菓子も、我慢するから、私は『マスター』になりたいんだもん」お父様みたいに、とその小さな唇が呟いた。
「お嬢ちゃんが、ボクちゃんたちのマスターか〜。それは楽しみだね」
「いいから、子供はさっさと寝ろ」左のホクサイが言う。相変わらず無愛想な言い方だが、その瞳は珍しく笑っていた。「夜更かしする子は、ジェド・マロースに攫われるぞ」
「お嬢ちゃんは、『マスター』になりたいんだって」少女の右脇で肘を突き、横向きになって彼女の寝顔を見つめながら、ホクサイは向かいの彼に囁きかける。「どう思う?」
「白々しい。興味も無いくせに」少女の左脇で、同じく肘を突いて横たわるホクサイが、右側の彼を一瞥する。「赤を青に染める研究と、この子供を利用する実験にしか興味が無い。マスターも、世界帝も、本当はどうでもいいんだろ。そういう奴だ、お前は」
目に飛び込んだ自分と同じブルーの双眸が、柔和に細められた。下手な笑顔だ。
その微笑の下で、右の男が何を求め、また何を企んでいるのか、左の彼には手に取るように分かる。
「神がどうして人々に崇められるか知ってるか」
「さあ?」
「与えてから、奪うからだ」
はじめに全てを与え、最期には積み上げたものを全て奪う。積み木崩しだ。この理不尽さを知ってこそ、人は神を奉る。
「お前がこの子供を思うままにしたいなら、全てを与えろ。こいつが何を求めても、全て聞き入れ、自由にさせろ」
「他の貴銃士の横槍になんて構うなよ。こいつは必ず、自由を与えるお前を気に入る。信用する。必ずお前のもとへ帰る」
「そして全てを奪う時、お前がこの女を手に入れる」
「ボクちゃんが彼女の神になるの?」わお、と向かいの彼は戯けてみせた。「鳥肌モノだね」
この道化師には虫唾が走るが、奴には利用価値がある。目的を果たすまでは、野放しにしておくのが賢明だろう。
「せいぜい上手くやれよ、『ボクちゃん』」
「『俺』もね」
穏やかに微睡む可憐な少女を挟んでは、二人のホクサイは醜悪で、妖艶な笑みを浮かべてみせる。
一度きりの実験に失敗は許されない。
さあ、この少女を俺達で染めてやろう。