現代銃と娘ちゃん
name
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
【死後も導くやさしい死神】
「貴方はだあれ?」
目が合った時、喪服姿の少女はそう言って首を傾げた。
少女の髪、瞳、裾の広がったワンピース、ストッキング、小さな靴も全て黒い。白く浮かび上がるような顔は、余り見かけない変わった容貌をしている。
マスターに似ているな、と思った。
ああこの子が、と瞬時に悟った。
少女の質問に答えようと口を開く前に、痺れを切らした彼女に遮られてしまう。
「死神さん?」
薄っすらと可笑しそうな笑みを浮かべた少女の胸元には、白と黄色、ピンク色の組み合わせの花束が美しく咲いている。
死神だって?
そんな大層なものじゃない。
思えば、彼と初めて出会った場所は墓地だった。
父の墓前に花を供えるゴーストの背中を見つめて、彼女は突然思い出す。
あの日は母の命日だった。そう父から聞かされている。私が幼い頃に他界したから、私は母を覚えていないし、父よりは他人に思える。命日だからといって特別な感傷があるわけでもない。それでも、父がその日を大切にしていたから、私は父に倣って母の墓前に花を供えた。日々の墓の管理は父の役目だが、命日にお花を供えるのは私の役目のようだった。
今、私が花を供えるお墓は二つに増えた。
母の隣で、父も眠った。
二人それぞれの命日に墓を参ってやりたいが、日々の仕事が忙しなく、なかなかそんな余裕が無い。今では年に一度、10月31日のハロウィンに、二人の墓前に花を添えている。
この地域では、ハロウィンは死者を悼む日だ。普段は閑散とした墓地に人が集まり、墓前は色とりどりの花で飾られる。鮮やかな花に囲まれた十字架は、とても綺麗に見えた。
私が母の墓前に花を供え、ゴーストが父の墓前に花を供える。
彼は優しい貴銃士だ。
人の痛みを理解し、感傷的になれる心を持っている。
父が他界してしばらく、私は墓地に行けなかった。母の隣の、父の十字架を見たくなかった。彼が死んだと知りたくなかった。未熟な私は、父親の死を受け入れられずにいた。
そんな親不孝者な私に、真っ先に腹を立てたのはゴーストだった。泣いて嫌がる私を無理やり引っ張り、「顔くらい見せたれ」と父の墓前まで連行したのはこの貴銃士だ。
「墓があるだけまだマシや」
父の真新しい墓石を見つめながら、ゴーストはそう教えてくれた。
この世界には、入るお墓もない貧しい民衆がわんさかいる。彼らの死体は共同墓地という名の粗末な大穴に放り投げられ、聖職者の祈りの言葉も無しに埋葬される。そんな悲愴な末路を辿る人間がいる中で、綺麗な墓に埋葬され、きちんとした儀式を受け、そうして家族の隣で眠れる父は幸福だ、と。
「そんで、嬢ちゃんが墓前に花を供えてやれば完璧や」
私はゴーストにそう励まされて、葬式以来の花を墓前に添えた。
「……『嬢ちゃん』ってのは、訂正せなあかんな」
私の左手の甲に刻まれた真新しい痣を見て、顔を曇らせた彼はそうも言った。
それ以来、この時の感謝の意味も込めて、墓参りにはなるべく彼を連れて行くようにしている。
「ねえゴースト。神様っていると思う?」
両親の墓前で、美しい花に囲まれた十字架を眺めながら、彼女は尋ねる。
「さあな。いないっちゅー奴もおるし。よう分からん」
ゴーストの薄情な答えに、かえって彼女はすっきりした。
「じゃあ、イエス様は?」
「イエス様はおるやろ。ぎょうさん記録が残っとるしな。ええ奴やで」
ええ奴だって、と彼女はくすりと微笑む。彼らしい評価だ。
「貴方がええ奴と言うイエス様が、神の存在を説くのだから、やっぱり神様はいるんじゃない?」
それはそれ、これはこれや、とゴーストは首を横に振る。
「第一、『いる』っちゆう概念さえよう分かっとらんしな」
なかなか鋭い洞察だ、と彼女は頷く。聞きたかったのは、まさにそれだ。
「『我思う、ゆえに我あり』っちゆう命題あるやろ」
「デカルトの方法的懐疑ね」
「あれで説明すると、多分神様はいないっちゆう事になるな」
『我思う、ゆえに我あり』とは、“自分は本当にここに存在するのか”と考える事自体が自分が存在する証明である、とする命題だ。
例えば、自分が感じている世界の全てが、悪魔によってつくられた虚構だとする。その中で自分は、「自分は本当に存在しているのか?」と思考する。しかし、そのように思考している自分でさえ、悪魔によってつくられた虚構かもしれない。と、考えている事さえ虚構かもしれない。……と、永遠と懐疑は続いてゆく。それはつまり、「自分は本当に存在しているのか?」と疑う自分は、確かに存在している、という事になる。
自分を含めた世界の全てが虚構だとしても、そのように疑う自分が在る事は疑いえない、という訳だ。
「神様が『自分は本当に存在しているのか?』なんて、考えるわけないものね」
「せやな。そない神様がおったら、心細くて信用でけへんわ」
ゴーストのジョークが余りにも可笑しくて、彼女は思わず吹き出してしまった。
「墓前でする話やないな」と、彼はその話題を打ち切った。面白かったからもっと議論したかったのだが、お墓の目の前で吹き出したりするのは、行儀が悪かったかもしれない。父が見たら、「はしたない」と怒るだろう。彼女は心の中で両親に謝った。
「私は神様っていると思うの。だって、時代を越えて、信じている人が大勢いるんだもの」
墓地の階段を下りながら、彼女は声を弾ませる。
「デカルトはともかく、『存在する』と『信じる』は、同義だと思うから」
「信じれば存在する、っちゆう事か」
「そうよ。だからね、全てのものは人間がいないと存在できないの」
なかなか面白い思考だ、とゴーストは頷く。
前を歩く彼女が突然振り向き、にっこり笑った。
「ゴーストは、私が死んでも、私の事を忘れないでね」
彼女の言葉に、声を失う。
時が止まってしまったのかと思うほど、彼女の微笑は微動だにしない。
彼女と初めて会った時の事を思い出す。
「死神さん?」と愛らしく首を傾げた少女を。
「貴方には、私のお墓に花を供えて欲しいの。お母様のと同じ、白と黄色とピンクの花よ」
覚えていてね、と彼女はゆっくり瞬きをした。
ゴーストも、ゆっくりと頷いた。
幼い彼女は、自分を「死神」と形容した。
そんな大層なものじゃないと思ったが、今では、そうかもしれないと思うようになった。
自分たち貴銃士は、彼女の最愛の父親を死に追いやった。
そうして次は、彼女を死ぬまで蝕んでゆく。
これが死神とどう違うというのだろう。
「ありがとう」
願いを聞き入れてくれた彼に感謝して、彼女は前を向く。
花で飾られた多くの美しい十字架を眺めて、死ぬのもきっと悪くない、と自分自身に言い聞かせる。
日に日に痣は濃くなるばかり。
大丈夫。きっと、怖くない。
だって、私が死んでも、私のお墓に綺麗な花を供えてくれる貴銃士がいるんだもの。
私は、そうだと信じてる。
「城へ戻ったら覚悟しないと。ナインティにハロウィンのお菓子をせびられるわ」
貴方も気をつけなさい、と笑う彼女の明るい声が、ゴーストの耳にいつまでも残った。
「貴方はだあれ?」
目が合った時、喪服姿の少女はそう言って首を傾げた。
少女の髪、瞳、裾の広がったワンピース、ストッキング、小さな靴も全て黒い。白く浮かび上がるような顔は、余り見かけない変わった容貌をしている。
マスターに似ているな、と思った。
ああこの子が、と瞬時に悟った。
少女の質問に答えようと口を開く前に、痺れを切らした彼女に遮られてしまう。
「死神さん?」
薄っすらと可笑しそうな笑みを浮かべた少女の胸元には、白と黄色、ピンク色の組み合わせの花束が美しく咲いている。
死神だって?
そんな大層なものじゃない。
思えば、彼と初めて出会った場所は墓地だった。
父の墓前に花を供えるゴーストの背中を見つめて、彼女は突然思い出す。
あの日は母の命日だった。そう父から聞かされている。私が幼い頃に他界したから、私は母を覚えていないし、父よりは他人に思える。命日だからといって特別な感傷があるわけでもない。それでも、父がその日を大切にしていたから、私は父に倣って母の墓前に花を供えた。日々の墓の管理は父の役目だが、命日にお花を供えるのは私の役目のようだった。
今、私が花を供えるお墓は二つに増えた。
母の隣で、父も眠った。
二人それぞれの命日に墓を参ってやりたいが、日々の仕事が忙しなく、なかなかそんな余裕が無い。今では年に一度、10月31日のハロウィンに、二人の墓前に花を添えている。
この地域では、ハロウィンは死者を悼む日だ。普段は閑散とした墓地に人が集まり、墓前は色とりどりの花で飾られる。鮮やかな花に囲まれた十字架は、とても綺麗に見えた。
私が母の墓前に花を供え、ゴーストが父の墓前に花を供える。
彼は優しい貴銃士だ。
人の痛みを理解し、感傷的になれる心を持っている。
父が他界してしばらく、私は墓地に行けなかった。母の隣の、父の十字架を見たくなかった。彼が死んだと知りたくなかった。未熟な私は、父親の死を受け入れられずにいた。
そんな親不孝者な私に、真っ先に腹を立てたのはゴーストだった。泣いて嫌がる私を無理やり引っ張り、「顔くらい見せたれ」と父の墓前まで連行したのはこの貴銃士だ。
「墓があるだけまだマシや」
父の真新しい墓石を見つめながら、ゴーストはそう教えてくれた。
この世界には、入るお墓もない貧しい民衆がわんさかいる。彼らの死体は共同墓地という名の粗末な大穴に放り投げられ、聖職者の祈りの言葉も無しに埋葬される。そんな悲愴な末路を辿る人間がいる中で、綺麗な墓に埋葬され、きちんとした儀式を受け、そうして家族の隣で眠れる父は幸福だ、と。
「そんで、嬢ちゃんが墓前に花を供えてやれば完璧や」
私はゴーストにそう励まされて、葬式以来の花を墓前に添えた。
「……『嬢ちゃん』ってのは、訂正せなあかんな」
私の左手の甲に刻まれた真新しい痣を見て、顔を曇らせた彼はそうも言った。
それ以来、この時の感謝の意味も込めて、墓参りにはなるべく彼を連れて行くようにしている。
「ねえゴースト。神様っていると思う?」
両親の墓前で、美しい花に囲まれた十字架を眺めながら、彼女は尋ねる。
「さあな。いないっちゅー奴もおるし。よう分からん」
ゴーストの薄情な答えに、かえって彼女はすっきりした。
「じゃあ、イエス様は?」
「イエス様はおるやろ。ぎょうさん記録が残っとるしな。ええ奴やで」
ええ奴だって、と彼女はくすりと微笑む。彼らしい評価だ。
「貴方がええ奴と言うイエス様が、神の存在を説くのだから、やっぱり神様はいるんじゃない?」
それはそれ、これはこれや、とゴーストは首を横に振る。
「第一、『いる』っちゆう概念さえよう分かっとらんしな」
なかなか鋭い洞察だ、と彼女は頷く。聞きたかったのは、まさにそれだ。
「『我思う、ゆえに我あり』っちゆう命題あるやろ」
「デカルトの方法的懐疑ね」
「あれで説明すると、多分神様はいないっちゆう事になるな」
『我思う、ゆえに我あり』とは、“自分は本当にここに存在するのか”と考える事自体が自分が存在する証明である、とする命題だ。
例えば、自分が感じている世界の全てが、悪魔によってつくられた虚構だとする。その中で自分は、「自分は本当に存在しているのか?」と思考する。しかし、そのように思考している自分でさえ、悪魔によってつくられた虚構かもしれない。と、考えている事さえ虚構かもしれない。……と、永遠と懐疑は続いてゆく。それはつまり、「自分は本当に存在しているのか?」と疑う自分は、確かに存在している、という事になる。
自分を含めた世界の全てが虚構だとしても、そのように疑う自分が在る事は疑いえない、という訳だ。
「神様が『自分は本当に存在しているのか?』なんて、考えるわけないものね」
「せやな。そない神様がおったら、心細くて信用でけへんわ」
ゴーストのジョークが余りにも可笑しくて、彼女は思わず吹き出してしまった。
「墓前でする話やないな」と、彼はその話題を打ち切った。面白かったからもっと議論したかったのだが、お墓の目の前で吹き出したりするのは、行儀が悪かったかもしれない。父が見たら、「はしたない」と怒るだろう。彼女は心の中で両親に謝った。
「私は神様っていると思うの。だって、時代を越えて、信じている人が大勢いるんだもの」
墓地の階段を下りながら、彼女は声を弾ませる。
「デカルトはともかく、『存在する』と『信じる』は、同義だと思うから」
「信じれば存在する、っちゆう事か」
「そうよ。だからね、全てのものは人間がいないと存在できないの」
なかなか面白い思考だ、とゴーストは頷く。
前を歩く彼女が突然振り向き、にっこり笑った。
「ゴーストは、私が死んでも、私の事を忘れないでね」
彼女の言葉に、声を失う。
時が止まってしまったのかと思うほど、彼女の微笑は微動だにしない。
彼女と初めて会った時の事を思い出す。
「死神さん?」と愛らしく首を傾げた少女を。
「貴方には、私のお墓に花を供えて欲しいの。お母様のと同じ、白と黄色とピンクの花よ」
覚えていてね、と彼女はゆっくり瞬きをした。
ゴーストも、ゆっくりと頷いた。
幼い彼女は、自分を「死神」と形容した。
そんな大層なものじゃないと思ったが、今では、そうかもしれないと思うようになった。
自分たち貴銃士は、彼女の最愛の父親を死に追いやった。
そうして次は、彼女を死ぬまで蝕んでゆく。
これが死神とどう違うというのだろう。
「ありがとう」
願いを聞き入れてくれた彼に感謝して、彼女は前を向く。
花で飾られた多くの美しい十字架を眺めて、死ぬのもきっと悪くない、と自分自身に言い聞かせる。
日に日に痣は濃くなるばかり。
大丈夫。きっと、怖くない。
だって、私が死んでも、私のお墓に綺麗な花を供えてくれる貴銃士がいるんだもの。
私は、そうだと信じてる。
「城へ戻ったら覚悟しないと。ナインティにハロウィンのお菓子をせびられるわ」
貴方も気をつけなさい、と笑う彼女の明るい声が、ゴーストの耳にいつまでも残った。