現代銃と娘ちゃん
name
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
【あなたに私は、からみつく】
花なんて嫌いよ。
私を置いて、すぐに枯れるんだもの。
まるで私と彼等みたい。
(…あの人も、こんな気持ちなのかしら)
ベッドサイドのテーブルで静かに枯れゆく桔梗を見つめて、彼女はゆっくりと瞬きをする。
命を枯らす私を傍らで見つめて、
変わり果てる私を恨んでいるだろうか。
コンコン、とドアをノックする音。その叩き方だけで、訪問者が誰なのか、彼女は分かる。
「マスター」
思った通り、ミカエルだ。
彼は、ドアをノックする音でさえ、優雅でお上品なのだ。
「お入り」
***
具合はどうだ、と言ってアインスが部屋を訪ねてきたのは数日前。
どうもこうも、とベッドの中で肩をすくめて首を振ると、そうか、と短い返事が返ってきた。
「桔梗の花が咲いたから持ってきた」
彼の手元で咲く花は、星型の花弁が愛らしく、濃い青紫の色みは気品を感じさせる。急に目に飛び込んだ鮮やかな色に、彼女は少なからず驚いた。
「桔梗…、もうそんな季節?」
桔梗は秋の七草のひとつだ。
子供の頃にそうアインスが教えてくれたことを、彼女は覚えていた。
「七草粥にするんでしょう?」
花瓶に挿した桔梗の花弁を小さくつついて、少女はころころと愛らしく笑う。それは春の七草だ、とアインスが訂正した。
「秋の七草は、見た目の美しさを愛でるための草花だ」
桔梗は食えねぇぞ、と彼はそう念を押す。
萩、尾花、葛、撫子、女郎花、藤袴、そして桔梗。その昔、日本の歌人が数え上げた秋の野に咲く草花だという。
「桔梗が咲くのは6月だがな。実際秋には枯れちまう」
アインスの呟きに、えっと彼女が声を上げる。
「じゃあどうして、この子は秋の七草なの?」
両手で花瓶を顔の高さに持ち上げて、まじまじと桔梗の花を見つめながら、彼女は尋ねる。
「枯れたら根っこを掘り返して、乾燥させて粉末にする。桔梗根といって、風邪の生薬になるんだと」
鎮咳や鎮痛、解熱によく効く桔梗根は、冬の風邪に欠かせない。その生薬としての活躍から、秋の七草のひとつに数えられたのだという。
「ふーん…」ははあと感心したように呟いて、彼女は花瓶をゆっくりとサイドテーブルに置いた。
「じゃあ、桔梗の花言葉は?」
「花言葉?」
「知っているんでしょう。教えて」
「そうだな……」
彼は勿体ぶって、なかなか口を開かない。彼女が痺れを切らす頃を見計らい、アインスはふっと頰を緩めた。
「お嬢にはまだ早ぇな」
そう揶揄いながら、大きな手で少女の頭を撫で回す。彼女は不貞腐れたように頰を膨らませ、上目遣いに彼を睨んだ。
「知りたいなら、自分で調べろ」
「私はおまえの口から聞きたいのに」
「やっぱりお嬢、知ってるな?」
マセガキめ、とアインスは可笑しそうに笑った。
「マスター」
低く落ち着いた呼び声に、彼女は遠い記憶から引き戻される。
ああ、そうか。私はもう、「お嬢」じゃない。
「少し朦朧としていたようだが…、大丈夫か?」
「ええ、大丈夫」彼の心配を跳ね除けて、彼女は気丈に笑ってみせた。
「昔、桔梗は秋の七草だと、おまえに教えてもらった事を思い出したの」
「…そうだったか」
「でも、咲き始めるのは6月なのよね。そうでしょう?」
「よく覚えているな」
アインスの感心が、彼女は嬉しくない。
覚えざるを得なかったのだ。
今の彼女は、彼が見舞いに持ってきてくれる花束でしか、季節を把握できない。体調が芳しくなく、車椅子で庭園を散歩する事さえできなくなった。外の空気を吸えないと、時間の流れや季節の移ろいが朧げになるらしい。
庭園に桔梗が咲いたという事は、今は6月下旬頃。おそらくじきに7月になる。あっという間に夏も過ぎてゆくのだろう。
桔梗が咲いたから持ってきた、と彼は言った。
しかし、彼がこの花を持ってくる本当の理由を、彼女は知っている。
彼が桔梗の花を差し出す時は、決まって大きな作戦の前だ。きっとこの後、すぐに任務に向かうのだろう。口では何も言わないが、この花を通して伝えているのだ。必ず帰ってくる、と。少し考えれば分かる事だが、「キキョウ」を「帰郷」と掛けているつもりらしい。
「アインス」花を受け取る前に、彼女はどうしても、彼に聞きたいことがあった。
「桔梗の花言葉は?」
彼は僅かに目を見開く。この人にとっては、気恥ずかしい質問だったかもしれない。
「『永遠の愛』だ。マスター」
それでも彼は、誤魔化さずにありのままを伝えてくれた。
永遠の愛。子供の頃の彼女が、彼の口から直接聞きたかった言葉。
永遠か、と彼女は呟く。大人になった今では、安っぽい言葉に聞こえてしまう。
そんな不確かなものより、彼と共に生きる確かな今が欲しいのに。
それとも、連綿と続く「今」を、人は「永遠」と呼ぶのだろうか。
「……綺麗ね」
病的なまでに白い両手を伸ばし、彼女は桔梗の花を受け取る。
ありがとう、と色の悪い唇で微笑んだ。
「大事にするわ」
「行ってらっしゃい」
部屋を出て行く時に、彼女はそう囁いた。
耳をそばだてていないと聞き漏らしてしまいそうなか細い声は、震えていた。
振り向くと、桔梗の香りを嗅ぐように、彼女は花束に顔を埋めている。
醒めるほど美しい紫の花弁。
その隙間から覗く瞳は、濡れていた。
「行かないで」なんて言えない。
そんなの、狡い女の台詞だもの。
***
ミカエルは、彼女の部屋にピアノを運ばせて、一曲演奏するのだと言って聞かなかった。
「貴方のピアノを運ぶのは兵士でしょう?」彼女は、ベッドで横になりながら、呆れたように口を開く。「兵達をこき使うのも、大概になさい。それに、あのピアノが私の部屋のドアを通ると思う?」
「通れなかったら、廊下に置いて演奏するよ。ドアを開けて聴けばいい」
「……好きになさい」
この貴銃士は、意外と頑固なところがある。窘めるのも面倒で、彼女は匙を投げることにした。
「それより、花が枯れてしまったから、捨てて欲しいの」
「花?」ミカエルはぴんとこないようだったが、ああ、と思い出したように声を上げた。「アインスさんの桔梗だね」
枯れたものだけ捨てて、まだ咲いているものは残したらどうかな、と彼は提案する。アインスさんがマスターのために選りすぐって集めた花だよ。特別に美しいはずだから、捨ててしまうなんてもったいない、と。
「いいえ。全部捨てて」
「……本当にいいのかい?」
「ミカエル。お願い」
本当は花なんて要らない。
何も要らない。
ただ行かないでほしい。側にいてほしい。
彼等が私の知らないところで、
壊れて消えてしまうのは嫌なの。
「その花を見ていると、あの人を思い出して辛いわ」
帰ってこない貴銃士がいる。
ひとり、またひとり。
___
・花言葉について
【桔梗】
永遠の愛、変わらぬ愛、従順、誠実、清楚、気品、優しい温かさ、友の帰りを願う
「永遠の愛」「誠実」などの花言葉は、恋人のために一生涯待ち続けた「キキョウ」という名の娘がいた、という物語に由来するといわれている。
【あなたに私は、からみつく】
白い朝顔の花言葉。
本編のタイトルで、絶妙な倒置法がお気に入り。
桔梗=朝貌=朝顔で無理やり繋げた結果。
秋の七草である桔梗は奈良時代には「朝貌(アサガオ)」と呼ばれていて、当時朝に咲く花はみんなアサガオでした。さらに今の私たちが朝顔と呼んでいる花は大陸からの外来種で、奈良時代には存在しません。ややこしい。
花なんて嫌いよ。
私を置いて、すぐに枯れるんだもの。
まるで私と彼等みたい。
(…あの人も、こんな気持ちなのかしら)
ベッドサイドのテーブルで静かに枯れゆく桔梗を見つめて、彼女はゆっくりと瞬きをする。
命を枯らす私を傍らで見つめて、
変わり果てる私を恨んでいるだろうか。
コンコン、とドアをノックする音。その叩き方だけで、訪問者が誰なのか、彼女は分かる。
「マスター」
思った通り、ミカエルだ。
彼は、ドアをノックする音でさえ、優雅でお上品なのだ。
「お入り」
***
具合はどうだ、と言ってアインスが部屋を訪ねてきたのは数日前。
どうもこうも、とベッドの中で肩をすくめて首を振ると、そうか、と短い返事が返ってきた。
「桔梗の花が咲いたから持ってきた」
彼の手元で咲く花は、星型の花弁が愛らしく、濃い青紫の色みは気品を感じさせる。急に目に飛び込んだ鮮やかな色に、彼女は少なからず驚いた。
「桔梗…、もうそんな季節?」
桔梗は秋の七草のひとつだ。
子供の頃にそうアインスが教えてくれたことを、彼女は覚えていた。
「七草粥にするんでしょう?」
花瓶に挿した桔梗の花弁を小さくつついて、少女はころころと愛らしく笑う。それは春の七草だ、とアインスが訂正した。
「秋の七草は、見た目の美しさを愛でるための草花だ」
桔梗は食えねぇぞ、と彼はそう念を押す。
萩、尾花、葛、撫子、女郎花、藤袴、そして桔梗。その昔、日本の歌人が数え上げた秋の野に咲く草花だという。
「桔梗が咲くのは6月だがな。実際秋には枯れちまう」
アインスの呟きに、えっと彼女が声を上げる。
「じゃあどうして、この子は秋の七草なの?」
両手で花瓶を顔の高さに持ち上げて、まじまじと桔梗の花を見つめながら、彼女は尋ねる。
「枯れたら根っこを掘り返して、乾燥させて粉末にする。桔梗根といって、風邪の生薬になるんだと」
鎮咳や鎮痛、解熱によく効く桔梗根は、冬の風邪に欠かせない。その生薬としての活躍から、秋の七草のひとつに数えられたのだという。
「ふーん…」ははあと感心したように呟いて、彼女は花瓶をゆっくりとサイドテーブルに置いた。
「じゃあ、桔梗の花言葉は?」
「花言葉?」
「知っているんでしょう。教えて」
「そうだな……」
彼は勿体ぶって、なかなか口を開かない。彼女が痺れを切らす頃を見計らい、アインスはふっと頰を緩めた。
「お嬢にはまだ早ぇな」
そう揶揄いながら、大きな手で少女の頭を撫で回す。彼女は不貞腐れたように頰を膨らませ、上目遣いに彼を睨んだ。
「知りたいなら、自分で調べろ」
「私はおまえの口から聞きたいのに」
「やっぱりお嬢、知ってるな?」
マセガキめ、とアインスは可笑しそうに笑った。
「マスター」
低く落ち着いた呼び声に、彼女は遠い記憶から引き戻される。
ああ、そうか。私はもう、「お嬢」じゃない。
「少し朦朧としていたようだが…、大丈夫か?」
「ええ、大丈夫」彼の心配を跳ね除けて、彼女は気丈に笑ってみせた。
「昔、桔梗は秋の七草だと、おまえに教えてもらった事を思い出したの」
「…そうだったか」
「でも、咲き始めるのは6月なのよね。そうでしょう?」
「よく覚えているな」
アインスの感心が、彼女は嬉しくない。
覚えざるを得なかったのだ。
今の彼女は、彼が見舞いに持ってきてくれる花束でしか、季節を把握できない。体調が芳しくなく、車椅子で庭園を散歩する事さえできなくなった。外の空気を吸えないと、時間の流れや季節の移ろいが朧げになるらしい。
庭園に桔梗が咲いたという事は、今は6月下旬頃。おそらくじきに7月になる。あっという間に夏も過ぎてゆくのだろう。
桔梗が咲いたから持ってきた、と彼は言った。
しかし、彼がこの花を持ってくる本当の理由を、彼女は知っている。
彼が桔梗の花を差し出す時は、決まって大きな作戦の前だ。きっとこの後、すぐに任務に向かうのだろう。口では何も言わないが、この花を通して伝えているのだ。必ず帰ってくる、と。少し考えれば分かる事だが、「キキョウ」を「帰郷」と掛けているつもりらしい。
「アインス」花を受け取る前に、彼女はどうしても、彼に聞きたいことがあった。
「桔梗の花言葉は?」
彼は僅かに目を見開く。この人にとっては、気恥ずかしい質問だったかもしれない。
「『永遠の愛』だ。マスター」
それでも彼は、誤魔化さずにありのままを伝えてくれた。
永遠の愛。子供の頃の彼女が、彼の口から直接聞きたかった言葉。
永遠か、と彼女は呟く。大人になった今では、安っぽい言葉に聞こえてしまう。
そんな不確かなものより、彼と共に生きる確かな今が欲しいのに。
それとも、連綿と続く「今」を、人は「永遠」と呼ぶのだろうか。
「……綺麗ね」
病的なまでに白い両手を伸ばし、彼女は桔梗の花を受け取る。
ありがとう、と色の悪い唇で微笑んだ。
「大事にするわ」
「行ってらっしゃい」
部屋を出て行く時に、彼女はそう囁いた。
耳をそばだてていないと聞き漏らしてしまいそうなか細い声は、震えていた。
振り向くと、桔梗の香りを嗅ぐように、彼女は花束に顔を埋めている。
醒めるほど美しい紫の花弁。
その隙間から覗く瞳は、濡れていた。
「行かないで」なんて言えない。
そんなの、狡い女の台詞だもの。
***
ミカエルは、彼女の部屋にピアノを運ばせて、一曲演奏するのだと言って聞かなかった。
「貴方のピアノを運ぶのは兵士でしょう?」彼女は、ベッドで横になりながら、呆れたように口を開く。「兵達をこき使うのも、大概になさい。それに、あのピアノが私の部屋のドアを通ると思う?」
「通れなかったら、廊下に置いて演奏するよ。ドアを開けて聴けばいい」
「……好きになさい」
この貴銃士は、意外と頑固なところがある。窘めるのも面倒で、彼女は匙を投げることにした。
「それより、花が枯れてしまったから、捨てて欲しいの」
「花?」ミカエルはぴんとこないようだったが、ああ、と思い出したように声を上げた。「アインスさんの桔梗だね」
枯れたものだけ捨てて、まだ咲いているものは残したらどうかな、と彼は提案する。アインスさんがマスターのために選りすぐって集めた花だよ。特別に美しいはずだから、捨ててしまうなんてもったいない、と。
「いいえ。全部捨てて」
「……本当にいいのかい?」
「ミカエル。お願い」
本当は花なんて要らない。
何も要らない。
ただ行かないでほしい。側にいてほしい。
彼等が私の知らないところで、
壊れて消えてしまうのは嫌なの。
「その花を見ていると、あの人を思い出して辛いわ」
帰ってこない貴銃士がいる。
ひとり、またひとり。
___
・花言葉について
【桔梗】
永遠の愛、変わらぬ愛、従順、誠実、清楚、気品、優しい温かさ、友の帰りを願う
「永遠の愛」「誠実」などの花言葉は、恋人のために一生涯待ち続けた「キキョウ」という名の娘がいた、という物語に由来するといわれている。
【あなたに私は、からみつく】
白い朝顔の花言葉。
本編のタイトルで、絶妙な倒置法がお気に入り。
桔梗=朝貌=朝顔で無理やり繋げた結果。
秋の七草である桔梗は奈良時代には「朝貌(アサガオ)」と呼ばれていて、当時朝に咲く花はみんなアサガオでした。さらに今の私たちが朝顔と呼んでいる花は大陸からの外来種で、奈良時代には存在しません。ややこしい。