現代銃と娘ちゃん
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【僕には見せない顔】
「マスターさん、今日は僕とディナーに行く約束でしょ。僕との約束、無視するわけ?」
夕刻の執務室に、不機嫌な声が響き渡る。
「ごめんなさい。急用なの」
彼女は顔を上げ、できるだけ優しく微笑みかける。向かいのソファに腰掛けたライクツーの、恨めしそうな瞳と目が合う。
「この書類を今日中に直さないと……。悪いけど、ディナーはキャンセル。またの機会にね」
「それ、ベルガーがモーゼルに提出するために作った報告書でしょ」彼女の執務机に広がる紙束をちらりと見やり、ライクツーは眉を顰める。「あいつが書いた失敗作を、何でマスターが手直ししないといけないわけ。そんなの、あのトリ頭にやらせなよ」
「無駄よ。あの子に任せていたら、何日かかるか分からない」
「だからってマスターがやるの?」ライクツーは、呆れたように大きな溜め息。「意味分かんない」
「仕方がないわ」彼女はやれやれと肩をすくめる。
「本当にあの子、私がいないとダメなんだから」
そう言った顔が、笑っていた。
直向きに書類に目を通しながら、その唇は優しく微笑んでいる。
「……そんな顔もするんだね」
「え?」彼女は顔を上げ、不思議そうに首を傾げた。「なに?」
「何でもない」ぼそりと呟いて、ライクツーは立ち上がる。マスターはベルガーの報告書を完璧に直すまで、執務室から離れる気はないようだ。今日のディナーは、諦めるしかない。「じゃあ僕、帰るね」
「約束を守れなくて、ごめんなさい」執務室のドアノブに手を掛けた時、背中に謝罪の言葉を投げかけられる。「この埋め合わせは、必ず」
「いいって」ふはっと笑みを零して、彼は振り向く。ドアを開け、ひらりと手を振った。
「マスターさん真面目すぎ」
帰る、とは言ったものの、あの真剣な姿を思い出すと、どうにも心配になる。
あんまり根を詰めすぎないでほしいんだけど、とは思うが、マスターの意志を尊重することにした。
彼女がベルガーの報告書を直しているのは、モーゼルに失望されたくないからだ。
あの馬鹿が書いた無修正の報告書をモーゼルが見たら、「彼の報告書がなっていないのは、君の監督が不届きなせいだ」と彼はマスターを責めるだろう。僕らがヘマをするたびに、彼はその責任をマスターに求めるのだ。
理由は知らないけれど、モーゼルは彼女を蔑んでいる。自分たちのマスターに相応しくない、と評価している。それと反比例するように、世界帝 のことは過大に尊敬している。
マスターは、そのことが悔しくてならないらしい。
だから彼女は、モーゼルの評価を覆すため、僕らの良きマスターであろうと必死なのだ。
誰かに認められたいという承認欲求は、僕にも分かる。
僕だって、彼女に認められたい。
他の誰よりも、気に入られたい。
マスターは「ダメな子」が好きらしい。
手の掛かる子ほど可愛い、とよく言っている。
蓼食う虫も好き好きとは言うけれど、その趣向は理解できない。
僕のお兄ちゃんはよくジャムるし、突然鼻血を出すし、本当に手の掛かる兄だ。だからって可愛いとは到底思えない。むしろ鬱陶しい。もっとちゃんとしてほしいくらい。でも、そんなお兄ちゃんでさえ、彼女にとっては可愛い存在なのだろう。意味が分からない。
僕はマスターの手を煩わせたくないし、マスターには頼られたい。だから優秀でありたいし、有能でありたい。頭が良いだけじゃなくて、体力もつけて、立派な軍人でありたい。
でも、そんな僕は、彼女の思う「可愛い」からかけ離れた存在かもしれない。
だったら、僕も「ダメな子」を演じた方がいいのだろうか。その方が、彼女に気に入ってもらえるだろうか。お兄ちゃんみたく頻繁にジャムったり、鼻血を出したり……。
あり得ない。
そんな甘ったれた自分は、想像しただけで身の毛がよだつ。
マスターの前で、僕は頼れる男でありたい。
モーゼルに認められようと頑張る彼女を、支える存在でありたい。
たとえ彼女に、想ってもらえなくても。
自販機で購入した缶コーヒーを手に、来た道を引き返す。
「マスター、戻ったよ。コーヒーだけでも渡してあげよ〜と思って。僕、優しいでしょ?」
マスターの執務室を再び訪れると、彼女はデスクに突っ伏して眠っていた。作業途中の報告書は、律儀に脇に揃えられている。
「寝るんだったら、僕とのディナーに付き合ってよ……」何だよ、と小さく舌を打つ。
ブツブツと文句を言いながら、机上に缶コーヒーを置く。
そうして彼女の穏やかな寝顔を、じっと見つめる。
『私がいないとダメなんだから』
そう言った彼女は、とても嬉しそうだった。
面倒事が増えたのに、必要とされているようで嬉しい。そんな表情。
自分には、決して向けられない顔だ。
「…………」
彼女の、優しく微笑んでいた唇。
今は閉ざされた、小さくて愛らしい唇。
緩やかに上下する肩に、そっと手を置く。
その唇に、口付けた。
どうせ叶わぬ想いなのだ。
気づかれないような優しいキスくらい、赦してほしい。
「マスターちゃ〜んっ!」
バタンと執務室のドアが開け放たれる。ノックも無しにやって来たのは、他でもないベルガーだ。
「どうよ俺の報告書!?」彼は息巻いた様子で、あひゃひゃと呑気に笑っている。「結構自信作なんだけどさ〜……は……っあぁ!?」
ベルガーは己の目を疑う。
見なかったことにして逃げようかと思ったが、遅かった。
ライクツーは素早く彼女から離れ、ドアの方に目を向ける。怒ったような顔をしていた。
マスターは、目を閉じて机に突っ伏したまま、ぴくりとも動かない。眠っているらしかった。
「見たの?」
低く凄みのある声音で、ライクツーは不躾な訪問者を睨みつける。
「いや〜、その。見たような……、見てないような?」
視線を泳がせながら、慌てた様子でとぼけるベルガー。
ライクツーは、何も言わない。
鋭い瞳でベルガーをぎろりと睨みつけ、スタスタと足早に執務室を去っていく。
「誰かに言ったら殺すから」
すれ違いざま、そう低い声で告げていた。
「……言えるわけねーじゃん」
閉じたドアを恨めしそうに見つめて、ベルガーは低い声で唸る。
「ん……、ベルガー?」彼女がそっと身を起こした。ドアが閉まる音で目を覚ましたようだ。
「ああ、私、少し眠ってしまったんだわ……」
「マスターちゃんが居眠りとか、珍しいのな」
「仮眠よ」彼女はふわっと大きな欠伸をした。「それより貴方。何しに来たの?」
「何って、俺のスバラシイ報告書の出来栄えを……」
「スバラシイ? これのどこが?」
彼女は脇に寄せていたベルガーの報告書を引っ張り出し、ぺらぺらと中身を眺めては、ふんと鼻で笑っている。
「ちょうど今、貴方のミスだらけの報告書を直しているところ」
「ミスだらけ?」ベルガーは難しい顔をして、机上の報告書を覗き込む。「どこ?」
「全部よ! 言葉使いも構成も、全然なってない。書き直しだわ」
「うげ……、まじで?」
「あら。これ、コーヒー?」執務机の上に置かれた缶コーヒーに気がついて、彼女は目を丸くする。
「貴方がコーク以外の飲み物を持ってくるなんて……。気が利くのね。どうもありがとう」
「あー。多分それ、アイツが……」
『言ったら殺すから』
冷たい声音を思い出して、はっとベルガーは口を噤む。やはり、彼がここに来たこと自体、秘密にしておいた方がいいのだろうか。
「アイツ?」
缶コーヒーの蓋を開けながら、彼女は不思議そうに首を傾げる。
「何でもねーわ……」ふいと視線を逸らして、ベルガーはぼそりと囁いた。
「そう?」コーヒーに口をつけてから、うーんと彼女は両手を上げて伸びをする。「変なベルガー」
何も知らない彼女の微笑みが、ベルガーの表情を曇らせた。
「マスターさん、今日は僕とディナーに行く約束でしょ。僕との約束、無視するわけ?」
夕刻の執務室に、不機嫌な声が響き渡る。
「ごめんなさい。急用なの」
彼女は顔を上げ、できるだけ優しく微笑みかける。向かいのソファに腰掛けたライクツーの、恨めしそうな瞳と目が合う。
「この書類を今日中に直さないと……。悪いけど、ディナーはキャンセル。またの機会にね」
「それ、ベルガーがモーゼルに提出するために作った報告書でしょ」彼女の執務机に広がる紙束をちらりと見やり、ライクツーは眉を顰める。「あいつが書いた失敗作を、何でマスターが手直ししないといけないわけ。そんなの、あのトリ頭にやらせなよ」
「無駄よ。あの子に任せていたら、何日かかるか分からない」
「だからってマスターがやるの?」ライクツーは、呆れたように大きな溜め息。「意味分かんない」
「仕方がないわ」彼女はやれやれと肩をすくめる。
「本当にあの子、私がいないとダメなんだから」
そう言った顔が、笑っていた。
直向きに書類に目を通しながら、その唇は優しく微笑んでいる。
「……そんな顔もするんだね」
「え?」彼女は顔を上げ、不思議そうに首を傾げた。「なに?」
「何でもない」ぼそりと呟いて、ライクツーは立ち上がる。マスターはベルガーの報告書を完璧に直すまで、執務室から離れる気はないようだ。今日のディナーは、諦めるしかない。「じゃあ僕、帰るね」
「約束を守れなくて、ごめんなさい」執務室のドアノブに手を掛けた時、背中に謝罪の言葉を投げかけられる。「この埋め合わせは、必ず」
「いいって」ふはっと笑みを零して、彼は振り向く。ドアを開け、ひらりと手を振った。
「マスターさん真面目すぎ」
帰る、とは言ったものの、あの真剣な姿を思い出すと、どうにも心配になる。
あんまり根を詰めすぎないでほしいんだけど、とは思うが、マスターの意志を尊重することにした。
彼女がベルガーの報告書を直しているのは、モーゼルに失望されたくないからだ。
あの馬鹿が書いた無修正の報告書をモーゼルが見たら、「彼の報告書がなっていないのは、君の監督が不届きなせいだ」と彼はマスターを責めるだろう。僕らがヘマをするたびに、彼はその責任をマスターに求めるのだ。
理由は知らないけれど、モーゼルは彼女を蔑んでいる。自分たちのマスターに相応しくない、と評価している。それと反比例するように、
マスターは、そのことが悔しくてならないらしい。
だから彼女は、モーゼルの評価を覆すため、僕らの良きマスターであろうと必死なのだ。
誰かに認められたいという承認欲求は、僕にも分かる。
僕だって、彼女に認められたい。
他の誰よりも、気に入られたい。
マスターは「ダメな子」が好きらしい。
手の掛かる子ほど可愛い、とよく言っている。
蓼食う虫も好き好きとは言うけれど、その趣向は理解できない。
僕のお兄ちゃんはよくジャムるし、突然鼻血を出すし、本当に手の掛かる兄だ。だからって可愛いとは到底思えない。むしろ鬱陶しい。もっとちゃんとしてほしいくらい。でも、そんなお兄ちゃんでさえ、彼女にとっては可愛い存在なのだろう。意味が分からない。
僕はマスターの手を煩わせたくないし、マスターには頼られたい。だから優秀でありたいし、有能でありたい。頭が良いだけじゃなくて、体力もつけて、立派な軍人でありたい。
でも、そんな僕は、彼女の思う「可愛い」からかけ離れた存在かもしれない。
だったら、僕も「ダメな子」を演じた方がいいのだろうか。その方が、彼女に気に入ってもらえるだろうか。お兄ちゃんみたく頻繁にジャムったり、鼻血を出したり……。
あり得ない。
そんな甘ったれた自分は、想像しただけで身の毛がよだつ。
マスターの前で、僕は頼れる男でありたい。
モーゼルに認められようと頑張る彼女を、支える存在でありたい。
たとえ彼女に、想ってもらえなくても。
自販機で購入した缶コーヒーを手に、来た道を引き返す。
「マスター、戻ったよ。コーヒーだけでも渡してあげよ〜と思って。僕、優しいでしょ?」
マスターの執務室を再び訪れると、彼女はデスクに突っ伏して眠っていた。作業途中の報告書は、律儀に脇に揃えられている。
「寝るんだったら、僕とのディナーに付き合ってよ……」何だよ、と小さく舌を打つ。
ブツブツと文句を言いながら、机上に缶コーヒーを置く。
そうして彼女の穏やかな寝顔を、じっと見つめる。
『私がいないとダメなんだから』
そう言った彼女は、とても嬉しそうだった。
面倒事が増えたのに、必要とされているようで嬉しい。そんな表情。
自分には、決して向けられない顔だ。
「…………」
彼女の、優しく微笑んでいた唇。
今は閉ざされた、小さくて愛らしい唇。
緩やかに上下する肩に、そっと手を置く。
その唇に、口付けた。
どうせ叶わぬ想いなのだ。
気づかれないような優しいキスくらい、赦してほしい。
「マスターちゃ〜んっ!」
バタンと執務室のドアが開け放たれる。ノックも無しにやって来たのは、他でもないベルガーだ。
「どうよ俺の報告書!?」彼は息巻いた様子で、あひゃひゃと呑気に笑っている。「結構自信作なんだけどさ〜……は……っあぁ!?」
ベルガーは己の目を疑う。
見なかったことにして逃げようかと思ったが、遅かった。
ライクツーは素早く彼女から離れ、ドアの方に目を向ける。怒ったような顔をしていた。
マスターは、目を閉じて机に突っ伏したまま、ぴくりとも動かない。眠っているらしかった。
「見たの?」
低く凄みのある声音で、ライクツーは不躾な訪問者を睨みつける。
「いや〜、その。見たような……、見てないような?」
視線を泳がせながら、慌てた様子でとぼけるベルガー。
ライクツーは、何も言わない。
鋭い瞳でベルガーをぎろりと睨みつけ、スタスタと足早に執務室を去っていく。
「誰かに言ったら殺すから」
すれ違いざま、そう低い声で告げていた。
「……言えるわけねーじゃん」
閉じたドアを恨めしそうに見つめて、ベルガーは低い声で唸る。
「ん……、ベルガー?」彼女がそっと身を起こした。ドアが閉まる音で目を覚ましたようだ。
「ああ、私、少し眠ってしまったんだわ……」
「マスターちゃんが居眠りとか、珍しいのな」
「仮眠よ」彼女はふわっと大きな欠伸をした。「それより貴方。何しに来たの?」
「何って、俺のスバラシイ報告書の出来栄えを……」
「スバラシイ? これのどこが?」
彼女は脇に寄せていたベルガーの報告書を引っ張り出し、ぺらぺらと中身を眺めては、ふんと鼻で笑っている。
「ちょうど今、貴方のミスだらけの報告書を直しているところ」
「ミスだらけ?」ベルガーは難しい顔をして、机上の報告書を覗き込む。「どこ?」
「全部よ! 言葉使いも構成も、全然なってない。書き直しだわ」
「うげ……、まじで?」
「あら。これ、コーヒー?」執務机の上に置かれた缶コーヒーに気がついて、彼女は目を丸くする。
「貴方がコーク以外の飲み物を持ってくるなんて……。気が利くのね。どうもありがとう」
「あー。多分それ、アイツが……」
『言ったら殺すから』
冷たい声音を思い出して、はっとベルガーは口を噤む。やはり、彼がここに来たこと自体、秘密にしておいた方がいいのだろうか。
「アイツ?」
缶コーヒーの蓋を開けながら、彼女は不思議そうに首を傾げる。
「何でもねーわ……」ふいと視線を逸らして、ベルガーはぼそりと囁いた。
「そう?」コーヒーに口をつけてから、うーんと彼女は両手を上げて伸びをする。「変なベルガー」
何も知らない彼女の微笑みが、ベルガーの表情を曇らせた。