現代銃と娘ちゃん
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【貴銃士の抜刀】
「よく見ておけ」
こんな機会なかなかねぇからな、と89は珍しく得意げに笑った。
「マスターご所望のショータイムだぜ」
***
日本家屋は天井が低い。
これでは下手に弾を撃ち込めない、と89は舌を打つ。
空間が狭く遮蔽物が多い環境は、跳弾により予期せぬ被弾を招く。それに、破片化した銃弾ほど厄介なものはない。敵に当たれば願っても無い機会だが、こちらに当たるのは真っ平御免だ。銃創の治療が面倒になる。
ここを拠点として活動するレジスタンスは敵ながら天晴れだ。銃の性能に頼り切った帝軍の弱みを確実に突いている。
しかし、こちらも負けてはいまい。
自分をこのアジト襲撃に駆り出した女の才気には、素直に感心する。
「どうやって迎え撃つの?」
マスターは畳の上に座り込み、89式自動小銃を抱えながら囁いた。
知ってて連れて来たくせに、と俺は鼻で笑う。
「こいつで斬り落としてやる」
左脇に携えた軍刀の本差し。そいつに手を添えながら、彼女によく見せてやる。
大きくは振り翳せないが、銃よりは役に立つはずだ。
ミルラを利用した大規模作戦で、帝軍は一度に複数の貴銃士を失った。
エフ、ベルガー、アインス。彼らは自身の本体のみを残し、この世界から姿を消した。
貴銃士の死というのは、殆ど概念に近い。人型の死体が残るわけでもない。壊れた鉄の塊が残るだけだ。しかもそれらの温度や感触は生前のままである。無機物なのだから当然か。
加えて、マスターである彼女は鉄の塊から貴銃士を呼び醒ます力を持っている。その力を使えば、三挺の新しい本体から以前と同じ三人を再び召還する事ができる。理論上は、それが可能だ。
しかし現状の彼女に、もはやそのような体力は残っていない。現時点で存続している七名の貴銃士たちを従えるだけで手一杯だ。
理論上は可能でも、実際は二度と呼び戻せないという意味で、彼らの消滅は死に値する。
さらに、追い打ちをかけるような冷徹な科学者の提案は、彼女を激昂させた。
「マスターの力に限界がきてるなら、ボクちゃん達はさっさと潰し合って、一番強い奴だけが残ればいいんじゃない?」
ホクサイの言い分は、詰まりこうだ。
貴銃士は七名も不要。
力の貯蔵を心配して戦うくらいなら、貴銃士は一名に絞るべき。
そうすれば残り少ない力も一つに集約され、効率良く性能を発揮できる。
最強を選ぶために貴銃士は殺し合いを展開しよう。もしくは、選り優りの一挺をマスター自ら選別し、残りを全て廃棄する。
恐ろしいほど論理的で淡々とした意見に、誰もが震撼した。確かに正論かもしれない。だが、正論は時に人の心を踏みにじる。
その証拠に、彼女はこの一週間、ホクサイと一言も口を聞いていないらしい。
「マスター。ホクサイと仲直りしたのか」
仲直りなんて生温い表現しか思い当たらない自分の語彙力が嫌になる。
「彼の不敬は私への冒涜です」
89の軍刀を興味深く見つめていた彼女は、その瞳を冷たく光らせ、口調は敬語になる。まだ怒っている様子だ。
「当分赦す余地などありません」
これだけ怒りを燃やす根性があるのなら、そのエネルギーでアインス達を召還して欲しいものだ、と心中で吐露する。
「何がそんなにムカつくんだよ」
「私はマスターの器ではない。そう宣告された気分」
そりゃお前の主観だろ、と89は肩をすくめる。
「あんたが喋れるうちに、あいつに謝らせてやれ。また話せなくなったら後悔するぞ」
彼女は黙り込み、やがて大きな溜息。貴方の言う通りだわ、と頷いた。
つい最近まで、彼女は立っているだけでも精一杯なくらいに追い詰められた。任務に同行したベルガーが、マスターちゃんいよいよかも、と弱音を吐くほどに衰弱した。当然話せもしなかった。それが、普通に動き回り、口をきき、貴銃士に腹を立てる程の気力と体力を取り戻した。
酷な言い方だが、三名の貴銃士を捨てた分、身軽になったのだろう。
到底聞き入れられない意見だが、やはりホクサイの判断は正しいかもしれない。
「敵が攻めてきたら、私はどうしようかな。こんな狭い部屋じゃ、無闇に撃てないわね」
「こいつをやる」
89は、本差しより幾分か短い脇差しを彼女に手渡した。
「まあ」
彼の本体を抱えながら、両手でその短刀を受け取る。ずっしりと重い。
「護身用に持っておけ」
「びっくりした」彼女は脇差しを握りしめ、ふふと小さく笑った。「ハラキリショーをさせられるのかと思ったわ」
「何だそれ」
「『切腹』でしたっけ?」辿々しい発音。
あのな、と堪らず89は言い聞かせた。
「切腹ってのは、武士の体面を保つ死に方なんだよ。尊厳死だぞ。見世物 なんかにすんじゃねぇ」
「サムライ魂ね。素敵よ」
「俺の話聞いてたか」
だいたい、切腹に用いる短刀は平造りでなければならない。鎬造りの脇差しは切るのに不向きだ。
この話はマニアック過ぎるな、と彼は刀トークを諦める。
「切腹でなくて良かった」彼女はぽつりと呟いた。
「私、まだ死にたくないもの」
「まだ」という言葉が胸に突き刺さる。
その「いつか」が近い事を象徴する。
「あんたは、本当に死ぬのか」
これは狡い質問だった、と言ってから気がついた。口から出た後悔。
「死ぬわ」
お父様を見たでしょう、と彼女は笑った。
私もあんな風に逝くのだわ、と。
「やめろ」
「え?」
「死ぬなんて。二度と言うな」
「貴方が訊いてきたんじゃない」
変な人、と彼女は戯けてみせる。
とても終わりが近い人間には見えない。
そうであって欲しい、と願うばかり。
「スケジュールに毎日『生きる』って組み込んでおけよな」
「なぁにそれ。貴方にしては、面白い冗談」
「あんたは生きて、俺たちと一緒にこのクソゲーを攻略すんだよ」
「クソゲー?」
「この世界は、古銃共に反抗されるクソゲーだ。こんなクソゲーに、あんたが負けるワケねぇだろう」
生きろ、マスター。
高貴なんざ糞食らえだ。
醜く生にしがみつけ。
それが俺たちのマスターだ。
「来る」
障子に浮かぶ複数の人影。数えながら立ち上がり、左脇に携えた本差しに手をかける。
「近くで見るのは初めてだろ」
血の色を見せる事になるが構わねぇよな、と一応確認する。
「ええ」89から預かった本体と、護身用の脇差しを抱えて、彼女は頷く。
「一思いにやりなさい」
「ふん。なら、精々よく見ておけ」
こんな機会なかなかねぇからな、と89は珍しく得意げに笑った。
「マスターご所望のショータイムだぜ」
「よく見ておけ」
こんな機会なかなかねぇからな、と89は珍しく得意げに笑った。
「マスターご所望のショータイムだぜ」
***
日本家屋は天井が低い。
これでは下手に弾を撃ち込めない、と89は舌を打つ。
空間が狭く遮蔽物が多い環境は、跳弾により予期せぬ被弾を招く。それに、破片化した銃弾ほど厄介なものはない。敵に当たれば願っても無い機会だが、こちらに当たるのは真っ平御免だ。銃創の治療が面倒になる。
ここを拠点として活動するレジスタンスは敵ながら天晴れだ。銃の性能に頼り切った帝軍の弱みを確実に突いている。
しかし、こちらも負けてはいまい。
自分をこのアジト襲撃に駆り出した女の才気には、素直に感心する。
「どうやって迎え撃つの?」
マスターは畳の上に座り込み、89式自動小銃を抱えながら囁いた。
知ってて連れて来たくせに、と俺は鼻で笑う。
「こいつで斬り落としてやる」
左脇に携えた軍刀の本差し。そいつに手を添えながら、彼女によく見せてやる。
大きくは振り翳せないが、銃よりは役に立つはずだ。
ミルラを利用した大規模作戦で、帝軍は一度に複数の貴銃士を失った。
エフ、ベルガー、アインス。彼らは自身の本体のみを残し、この世界から姿を消した。
貴銃士の死というのは、殆ど概念に近い。人型の死体が残るわけでもない。壊れた鉄の塊が残るだけだ。しかもそれらの温度や感触は生前のままである。無機物なのだから当然か。
加えて、マスターである彼女は鉄の塊から貴銃士を呼び醒ます力を持っている。その力を使えば、三挺の新しい本体から以前と同じ三人を再び召還する事ができる。理論上は、それが可能だ。
しかし現状の彼女に、もはやそのような体力は残っていない。現時点で存続している七名の貴銃士たちを従えるだけで手一杯だ。
理論上は可能でも、実際は二度と呼び戻せないという意味で、彼らの消滅は死に値する。
さらに、追い打ちをかけるような冷徹な科学者の提案は、彼女を激昂させた。
「マスターの力に限界がきてるなら、ボクちゃん達はさっさと潰し合って、一番強い奴だけが残ればいいんじゃない?」
ホクサイの言い分は、詰まりこうだ。
貴銃士は七名も不要。
力の貯蔵を心配して戦うくらいなら、貴銃士は一名に絞るべき。
そうすれば残り少ない力も一つに集約され、効率良く性能を発揮できる。
最強を選ぶために貴銃士は殺し合いを展開しよう。もしくは、選り優りの一挺をマスター自ら選別し、残りを全て廃棄する。
恐ろしいほど論理的で淡々とした意見に、誰もが震撼した。確かに正論かもしれない。だが、正論は時に人の心を踏みにじる。
その証拠に、彼女はこの一週間、ホクサイと一言も口を聞いていないらしい。
「マスター。ホクサイと仲直りしたのか」
仲直りなんて生温い表現しか思い当たらない自分の語彙力が嫌になる。
「彼の不敬は私への冒涜です」
89の軍刀を興味深く見つめていた彼女は、その瞳を冷たく光らせ、口調は敬語になる。まだ怒っている様子だ。
「当分赦す余地などありません」
これだけ怒りを燃やす根性があるのなら、そのエネルギーでアインス達を召還して欲しいものだ、と心中で吐露する。
「何がそんなにムカつくんだよ」
「私はマスターの器ではない。そう宣告された気分」
そりゃお前の主観だろ、と89は肩をすくめる。
「あんたが喋れるうちに、あいつに謝らせてやれ。また話せなくなったら後悔するぞ」
彼女は黙り込み、やがて大きな溜息。貴方の言う通りだわ、と頷いた。
つい最近まで、彼女は立っているだけでも精一杯なくらいに追い詰められた。任務に同行したベルガーが、マスターちゃんいよいよかも、と弱音を吐くほどに衰弱した。当然話せもしなかった。それが、普通に動き回り、口をきき、貴銃士に腹を立てる程の気力と体力を取り戻した。
酷な言い方だが、三名の貴銃士を捨てた分、身軽になったのだろう。
到底聞き入れられない意見だが、やはりホクサイの判断は正しいかもしれない。
「敵が攻めてきたら、私はどうしようかな。こんな狭い部屋じゃ、無闇に撃てないわね」
「こいつをやる」
89は、本差しより幾分か短い脇差しを彼女に手渡した。
「まあ」
彼の本体を抱えながら、両手でその短刀を受け取る。ずっしりと重い。
「護身用に持っておけ」
「びっくりした」彼女は脇差しを握りしめ、ふふと小さく笑った。「ハラキリショーをさせられるのかと思ったわ」
「何だそれ」
「『切腹』でしたっけ?」辿々しい発音。
あのな、と堪らず89は言い聞かせた。
「切腹ってのは、武士の体面を保つ死に方なんだよ。尊厳死だぞ。
「サムライ魂ね。素敵よ」
「俺の話聞いてたか」
だいたい、切腹に用いる短刀は平造りでなければならない。鎬造りの脇差しは切るのに不向きだ。
この話はマニアック過ぎるな、と彼は刀トークを諦める。
「切腹でなくて良かった」彼女はぽつりと呟いた。
「私、まだ死にたくないもの」
「まだ」という言葉が胸に突き刺さる。
その「いつか」が近い事を象徴する。
「あんたは、本当に死ぬのか」
これは狡い質問だった、と言ってから気がついた。口から出た後悔。
「死ぬわ」
お父様を見たでしょう、と彼女は笑った。
私もあんな風に逝くのだわ、と。
「やめろ」
「え?」
「死ぬなんて。二度と言うな」
「貴方が訊いてきたんじゃない」
変な人、と彼女は戯けてみせる。
とても終わりが近い人間には見えない。
そうであって欲しい、と願うばかり。
「スケジュールに毎日『生きる』って組み込んでおけよな」
「なぁにそれ。貴方にしては、面白い冗談」
「あんたは生きて、俺たちと一緒にこのクソゲーを攻略すんだよ」
「クソゲー?」
「この世界は、古銃共に反抗されるクソゲーだ。こんなクソゲーに、あんたが負けるワケねぇだろう」
生きろ、マスター。
高貴なんざ糞食らえだ。
醜く生にしがみつけ。
それが俺たちのマスターだ。
「来る」
障子に浮かぶ複数の人影。数えながら立ち上がり、左脇に携えた本差しに手をかける。
「近くで見るのは初めてだろ」
血の色を見せる事になるが構わねぇよな、と一応確認する。
「ええ」89から預かった本体と、護身用の脇差しを抱えて、彼女は頷く。
「一思いにやりなさい」
「ふん。なら、精々よく見ておけ」
こんな機会なかなかねぇからな、と89は珍しく得意げに笑った。
「マスターご所望のショータイムだぜ」