現代銃と娘ちゃん
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【蝶よ花よと】
「アインスお兄様に愛されて育ったアンタなんて、アタシからして見れば、嫉妬の対象でしかないわよ」
エフからこんな恨み節を聞いたのは、もう何度目のことだろう。今ではもうご愛嬌で、辛辣な物言いも遠慮のない間柄のようでむしろ嬉しい。黙っていると、顔を上げて目線を合わせた彼が、「なに笑ってんのよ」と顔を顰めた。
「私、笑ってた?」
「やーね」エフは視線を手元に戻して、彼女の爪をやすりで整えながら呟く。
「自分がどんなカオしてるのかも、分からないわけ?」
外出前にエフと過ごすこの時間が、彼女は好きだ。
華やかな場所に出掛ける時、エフは彼女の身嗜みにはとことん口を挟む。中でも爪と顔には煩く、自分ではできない彼女の代わりに、ネイルとメイクを施してくれるのだ。
贅を尽くした世界帝軍の基地と言えども、あくまで軍事施設である。ヘアサロンやネイルサロンといった、美容に関わる施設は無いに等しい。そんな環境の中で、エフの存在というのは非常に貴重であり、女性である彼女にとっては有難い。
「いつもありがとう」
やすりで整えた爪の表面を、エタノールを含ませたコットンで拭う彼。どうやら整爪は終わったらしい。お次はベースカラーである。
「勘違いしないでよ、お嬢様?」感謝の言葉をふんと鼻で笑って、エフは真っ赤なマニュキュアの蓋を回した。
「アンタは今日、マスターの隣を歩くんだから。隣に並ぶ女がお洒落もできないブスなんじゃ、アタシたちのマスターに失礼よ」
彼女は今夜、父親と彼の馴染みのステーキハウスに食事に行く。そこそこ高級なお店で、上質でお上品なお肉が食べられる。父をマスターと呼んで慕う貴銃士たちは、ほぼ全員そのステーキハウスに招待されたことがあり、アインスのお気に入りの店でもある。もちろん、彼女にとってもだ。
「いーい? 今夜のアンタは、マスターのお飾りなんだからね。せいぜい綺麗でいなさいよ」
はいはい、と頷くと「はいは一回」などと注意される。はぁいと間伸びした返事をすれば、ギロリと上目遣いに睨まれた。
「そんな言葉遣いしてると、ファルちゃんに言いつけるわよ」
言いながら、彼は手際よくベースカラーを塗ってゆく。ここで一番大事なのは、キューティクルラインの塗り方らしい。ポイントは、爪の際より少し手前にブラシを乗せ、それをキューティクルラインまで押し上げてから、ブラシを爪の先端に引いていく。こうするとカラーがガタガタにならず、美しく塗ることができるのだそうだ。エフの凄いところは、この細かい作業を喋りながら完璧にこなすところである。
「エフは器用ね」真っ赤に塗られた自身の爪をまじまじと見つめて、彼女は溜息を漏らすほど感心していた。「羨ましいわ」
「あら、当然じゃない。尋問はね、器用じゃないと成立しないの。うっかり殺しちゃったりしたら、楽しめないじゃない?」
「まあ」
さらりとエグい事を聞いた気がしたが、彼女はそこには触れず、曖昧に微笑む。世の中には、知らない方が良いこともある。触らぬ神に祟りなしと言うわけだ。
「っさ、あとはトップコートを塗って仕上げね。乾かしてる間に、その可愛いお顔も直さなくっちゃ」
「可愛いなら、このままでもいいんじゃない?」
彼女が戯けて首を傾げると、「ふざけんじゃないわよ」とエフが真顔で呟いた。
「アンタの真価は、そんなもんじゃないでしょう」
***
ステーキハウスの前で父親と待ち合わせをするはずだった。
「げっ」
彼女の付き添いで店の前までついてきたエフは、待ち合わせ時間に現れた男を見て顔を歪める。
「ファル?」どうして貴方が、と責めるような目で彼女はその貴銃士に問いかけた。
ファルは、エフの兄弟銃だ。エフの兄にあたるこの男は、彼女が大人になった今でも、扱いに苦労する悩みの種である。
「ファルちゃん。こんな嫌がらせまでして、そんなにこの子を虐めたいわけ?」根深いわねぇ、とエフは困惑した様子だ。
「せっかくこのアタシが、マスターのためにこの子を磨いてあげたのに。全部水の泡じゃないの」
「何の話です? 私は、急な軍法会議で来れなくなったマスターの代わりに、お嬢様をエスコートしに参ったのです。不本意ながら」
「不本意ながらって何」彼女がすかさず突っ込みを入れると、やれやれとファルは肩をすくめた。
「マスターのご命令とあらば、断るわけにはいきません」
「冗談じゃないわよ。アンタ、今からその軍法会議とやらに乗り込んで、マスターを拉致するわよ」
彼女の腕を掴んで引き摺っていこうとしたエフに、いいのよ、と彼女は応える。涙のように光る真珠のピアスを揺らして、寂しげに囁いた。
「お父様は忙しい人だもの。仕方がないわ」
「アンタねぇ、それでも女なの? もっと欲張りなさい」
子供の頃は我儘娘だったくせに、とエフが毒突くと、そうだったわねと彼女は笑った。
「私も、大人になったのだわ」
「では大人になった貴女に、淑女の嗜みとして、テーブルマナーをみっちりと教えて差し上げましょう」
ふふと優雅に微笑んで、ファルは彼女に片手を差し出す。本当にエスコートするつもりらしい。
「ほら出た。教育係」エフは小さく溜息をついて、ああもう、と片手を頰に当てた。
「ファルちゃんったら、礼儀作法の事となると、鬼のようになるんだから」
二人きりは可哀想だから、アタシも付いていてあげるわ、とエフが微笑む。
「貴方、そんな事言って、本当はお肉が食べたいだけなんでしょう?」
ファルに手を引かれて店の玄関口に立った彼女は、呆れた様子で振り返る。
「肉だけじゃないわ。ワインもよ」
今日は飲むわよ〜と意気込む弟に、まったくとファルが口を開いた。
「貴方が飲んだら、誰が帰りの車を運転するんです?」
あくまで自分がワインを味わう事が前提らしい。
「ところで何です。その格好は」
エフが手洗いに席を立った時、急にファルがそう口出しする。右の米神を指でとんと叩いて脚を組み、踏ん反り返る態度で彼女の姿を上から下へスキャンする。頭の先から足先まで舐めるように見つめられ、出てきた感想が「はしたない」だ。
「爪なんて真っ赤じゃないですか。女豹ですか、貴女様は。それにその顔。酷いものです。絵の具を塗っているようにしか見えません」
あの愚弟の稚拙な美意識が滲み出ています、とファルは話を結ぶ。
「酷い言い草ね」エフとは別の意味で辛口な彼の言葉に、彼女は呆れて物も言えない。「私は気に入っているわ」
「ほほう。そんな娼婦のような出で立ちがですか」
さすがにこれには、かちんときた。やすりで爪の形を整えるような、幾重もの細やかな、気の遠くなるような作業の積み重ねが、彼女の今の姿を作っている。エフのその努力は、彼女に対する彼の想いに比例するものだ。
口では文句ばかり言うが、本当は誰よりも大切に想ってくれている。
それを知っているから、彼女はエフを憎めない。
「確かに貴女は見た目は良いです。着飾れば美しくなるのは当然。ですが、ここまで飾られると、何と言いますか……お下品ですね」
ふんと鼻で笑ってから、組んだ脚をスマートに戻して、ファルは席を立ち上がった。
「お嬢様は、ありのままのお姿が一番お綺麗です」
「あら。ファルちゃんったらお会計?」
エフが席に戻って来ると、ファルの姿が見当たらない。三人掛けの丸テーブルに一人ぽつんと残された彼女は、何やら悔しそうに唇を噛み締めている。
「……何かあったの?」
「いえ、何も」
「アンタ、顔赤いわよ。酔ってる? そんなに飲ませたかしら」
「ああ、エフ」屈辱だと言わんばかりに盛大な溜息を吐いて、彼女は両手で頰を包んで呟いた。
「眉目秀麗って罪よね……」
「私が何か?」
領収書を受け取って戻ってきたファルが、椅子に座った彼女の後ろで微笑んでいる。眉目秀麗が自分を差す言葉だと解しているあたり、本当にたちが悪い。
彼女の反応から何が起こったのかおおよそ検討のついたエフは、ふうんと楽しそうに口の端を持ち上げた。
「やあねぇ、ファルちゃんったら。あんまりこの子を口説くと、アインスお兄様に告げ口するわよ〜?」
クスクスと可笑しそうに肩を揺らすエフに、彼女は「よして」と顔を顰めた。
彼女が立派なレディーとなる日も、
そう遠くないある日の思い出。
___
・幕間の兄弟喧嘩
店のウェイターに席案内される道すがら、兄弟はどちらが帰りの車を運転するかで揉めに揉めた。一人っ子の彼女にとって、目の前で展開される兄弟喧嘩はなかなか新鮮で、微笑ましく思える。
(兄弟っていいわね…)
そんな淡い羨望も陰るほど、二人の仲がじわじわと剣呑になってきた。
見兼ねた彼女が「ジャンケンで決めれば」と言ったところ、席に着くや否やファルが不意打ちで「最初はパー」と言い、慣例に従って反射的にグーの手を差し出したエフが勝負に負けるという惨事が起こった。
「ファルちゃんの鬼畜っ! 帰ったらマスターに言いつけてやるんだから!!」
そう涙目で悔しがる弟を無視して、大人気ない兄は彼女にメニュー表を差し出す。
「さあお嬢様。ワインはいかがいたしましょう?」
そう愉快そうに笑うのだった。
(兄弟っていい…わね…?)
兄弟はいいけれど、ファルのような兄はまっぴら御免である。
「アインスお兄様に愛されて育ったアンタなんて、アタシからして見れば、嫉妬の対象でしかないわよ」
エフからこんな恨み節を聞いたのは、もう何度目のことだろう。今ではもうご愛嬌で、辛辣な物言いも遠慮のない間柄のようでむしろ嬉しい。黙っていると、顔を上げて目線を合わせた彼が、「なに笑ってんのよ」と顔を顰めた。
「私、笑ってた?」
「やーね」エフは視線を手元に戻して、彼女の爪をやすりで整えながら呟く。
「自分がどんなカオしてるのかも、分からないわけ?」
外出前にエフと過ごすこの時間が、彼女は好きだ。
華やかな場所に出掛ける時、エフは彼女の身嗜みにはとことん口を挟む。中でも爪と顔には煩く、自分ではできない彼女の代わりに、ネイルとメイクを施してくれるのだ。
贅を尽くした世界帝軍の基地と言えども、あくまで軍事施設である。ヘアサロンやネイルサロンといった、美容に関わる施設は無いに等しい。そんな環境の中で、エフの存在というのは非常に貴重であり、女性である彼女にとっては有難い。
「いつもありがとう」
やすりで整えた爪の表面を、エタノールを含ませたコットンで拭う彼。どうやら整爪は終わったらしい。お次はベースカラーである。
「勘違いしないでよ、お嬢様?」感謝の言葉をふんと鼻で笑って、エフは真っ赤なマニュキュアの蓋を回した。
「アンタは今日、マスターの隣を歩くんだから。隣に並ぶ女がお洒落もできないブスなんじゃ、アタシたちのマスターに失礼よ」
彼女は今夜、父親と彼の馴染みのステーキハウスに食事に行く。そこそこ高級なお店で、上質でお上品なお肉が食べられる。父をマスターと呼んで慕う貴銃士たちは、ほぼ全員そのステーキハウスに招待されたことがあり、アインスのお気に入りの店でもある。もちろん、彼女にとってもだ。
「いーい? 今夜のアンタは、マスターのお飾りなんだからね。せいぜい綺麗でいなさいよ」
はいはい、と頷くと「はいは一回」などと注意される。はぁいと間伸びした返事をすれば、ギロリと上目遣いに睨まれた。
「そんな言葉遣いしてると、ファルちゃんに言いつけるわよ」
言いながら、彼は手際よくベースカラーを塗ってゆく。ここで一番大事なのは、キューティクルラインの塗り方らしい。ポイントは、爪の際より少し手前にブラシを乗せ、それをキューティクルラインまで押し上げてから、ブラシを爪の先端に引いていく。こうするとカラーがガタガタにならず、美しく塗ることができるのだそうだ。エフの凄いところは、この細かい作業を喋りながら完璧にこなすところである。
「エフは器用ね」真っ赤に塗られた自身の爪をまじまじと見つめて、彼女は溜息を漏らすほど感心していた。「羨ましいわ」
「あら、当然じゃない。尋問はね、器用じゃないと成立しないの。うっかり殺しちゃったりしたら、楽しめないじゃない?」
「まあ」
さらりとエグい事を聞いた気がしたが、彼女はそこには触れず、曖昧に微笑む。世の中には、知らない方が良いこともある。触らぬ神に祟りなしと言うわけだ。
「っさ、あとはトップコートを塗って仕上げね。乾かしてる間に、その可愛いお顔も直さなくっちゃ」
「可愛いなら、このままでもいいんじゃない?」
彼女が戯けて首を傾げると、「ふざけんじゃないわよ」とエフが真顔で呟いた。
「アンタの真価は、そんなもんじゃないでしょう」
***
ステーキハウスの前で父親と待ち合わせをするはずだった。
「げっ」
彼女の付き添いで店の前までついてきたエフは、待ち合わせ時間に現れた男を見て顔を歪める。
「ファル?」どうして貴方が、と責めるような目で彼女はその貴銃士に問いかけた。
ファルは、エフの兄弟銃だ。エフの兄にあたるこの男は、彼女が大人になった今でも、扱いに苦労する悩みの種である。
「ファルちゃん。こんな嫌がらせまでして、そんなにこの子を虐めたいわけ?」根深いわねぇ、とエフは困惑した様子だ。
「せっかくこのアタシが、マスターのためにこの子を磨いてあげたのに。全部水の泡じゃないの」
「何の話です? 私は、急な軍法会議で来れなくなったマスターの代わりに、お嬢様をエスコートしに参ったのです。不本意ながら」
「不本意ながらって何」彼女がすかさず突っ込みを入れると、やれやれとファルは肩をすくめた。
「マスターのご命令とあらば、断るわけにはいきません」
「冗談じゃないわよ。アンタ、今からその軍法会議とやらに乗り込んで、マスターを拉致するわよ」
彼女の腕を掴んで引き摺っていこうとしたエフに、いいのよ、と彼女は応える。涙のように光る真珠のピアスを揺らして、寂しげに囁いた。
「お父様は忙しい人だもの。仕方がないわ」
「アンタねぇ、それでも女なの? もっと欲張りなさい」
子供の頃は我儘娘だったくせに、とエフが毒突くと、そうだったわねと彼女は笑った。
「私も、大人になったのだわ」
「では大人になった貴女に、淑女の嗜みとして、テーブルマナーをみっちりと教えて差し上げましょう」
ふふと優雅に微笑んで、ファルは彼女に片手を差し出す。本当にエスコートするつもりらしい。
「ほら出た。教育係」エフは小さく溜息をついて、ああもう、と片手を頰に当てた。
「ファルちゃんったら、礼儀作法の事となると、鬼のようになるんだから」
二人きりは可哀想だから、アタシも付いていてあげるわ、とエフが微笑む。
「貴方、そんな事言って、本当はお肉が食べたいだけなんでしょう?」
ファルに手を引かれて店の玄関口に立った彼女は、呆れた様子で振り返る。
「肉だけじゃないわ。ワインもよ」
今日は飲むわよ〜と意気込む弟に、まったくとファルが口を開いた。
「貴方が飲んだら、誰が帰りの車を運転するんです?」
あくまで自分がワインを味わう事が前提らしい。
「ところで何です。その格好は」
エフが手洗いに席を立った時、急にファルがそう口出しする。右の米神を指でとんと叩いて脚を組み、踏ん反り返る態度で彼女の姿を上から下へスキャンする。頭の先から足先まで舐めるように見つめられ、出てきた感想が「はしたない」だ。
「爪なんて真っ赤じゃないですか。女豹ですか、貴女様は。それにその顔。酷いものです。絵の具を塗っているようにしか見えません」
あの愚弟の稚拙な美意識が滲み出ています、とファルは話を結ぶ。
「酷い言い草ね」エフとは別の意味で辛口な彼の言葉に、彼女は呆れて物も言えない。「私は気に入っているわ」
「ほほう。そんな娼婦のような出で立ちがですか」
さすがにこれには、かちんときた。やすりで爪の形を整えるような、幾重もの細やかな、気の遠くなるような作業の積み重ねが、彼女の今の姿を作っている。エフのその努力は、彼女に対する彼の想いに比例するものだ。
口では文句ばかり言うが、本当は誰よりも大切に想ってくれている。
それを知っているから、彼女はエフを憎めない。
「確かに貴女は見た目は良いです。着飾れば美しくなるのは当然。ですが、ここまで飾られると、何と言いますか……お下品ですね」
ふんと鼻で笑ってから、組んだ脚をスマートに戻して、ファルは席を立ち上がった。
「お嬢様は、ありのままのお姿が一番お綺麗です」
「あら。ファルちゃんったらお会計?」
エフが席に戻って来ると、ファルの姿が見当たらない。三人掛けの丸テーブルに一人ぽつんと残された彼女は、何やら悔しそうに唇を噛み締めている。
「……何かあったの?」
「いえ、何も」
「アンタ、顔赤いわよ。酔ってる? そんなに飲ませたかしら」
「ああ、エフ」屈辱だと言わんばかりに盛大な溜息を吐いて、彼女は両手で頰を包んで呟いた。
「眉目秀麗って罪よね……」
「私が何か?」
領収書を受け取って戻ってきたファルが、椅子に座った彼女の後ろで微笑んでいる。眉目秀麗が自分を差す言葉だと解しているあたり、本当にたちが悪い。
彼女の反応から何が起こったのかおおよそ検討のついたエフは、ふうんと楽しそうに口の端を持ち上げた。
「やあねぇ、ファルちゃんったら。あんまりこの子を口説くと、アインスお兄様に告げ口するわよ〜?」
クスクスと可笑しそうに肩を揺らすエフに、彼女は「よして」と顔を顰めた。
彼女が立派なレディーとなる日も、
そう遠くないある日の思い出。
___
・幕間の兄弟喧嘩
店のウェイターに席案内される道すがら、兄弟はどちらが帰りの車を運転するかで揉めに揉めた。一人っ子の彼女にとって、目の前で展開される兄弟喧嘩はなかなか新鮮で、微笑ましく思える。
(兄弟っていいわね…)
そんな淡い羨望も陰るほど、二人の仲がじわじわと剣呑になってきた。
見兼ねた彼女が「ジャンケンで決めれば」と言ったところ、席に着くや否やファルが不意打ちで「最初はパー」と言い、慣例に従って反射的にグーの手を差し出したエフが勝負に負けるという惨事が起こった。
「ファルちゃんの鬼畜っ! 帰ったらマスターに言いつけてやるんだから!!」
そう涙目で悔しがる弟を無視して、大人気ない兄は彼女にメニュー表を差し出す。
「さあお嬢様。ワインはいかがいたしましょう?」
そう愉快そうに笑うのだった。
(兄弟っていい…わね…?)
兄弟はいいけれど、ファルのような兄はまっぴら御免である。