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可愛い子には旅をさせよ

【日曜日】



ファルが基地を旅立ったであろうその日の夕刻。



コンコンとドアをノックする音に、89は嫌な予感がした。
「………」
無言で自室のドアを開ける。
「89」目の前には、両手で抱え持った紙袋いっぱいにお菓子とインスタントラーメンを詰め込んだ女。彼女はきらきらと瞳を輝かせてこう言った。「不摂生しましょう」
「間に合ってるんで」
彼がキイとドアを閉じようとすると、爪先の尖った彼女のハイヒールがドアの隙間にガッと差し込まれる。
「つれないのね。折角この私が遊びに来てやったのに」
「頼んでねぇし。俺、一人でゲームやってるし」
「じゃあ貴方は好きなだけゲームをしていていいから、私が隣で思いっきり不摂生していても、口を出さないでね」
「何で高圧的なんだよ。帰れよお嬢様」
「お邪魔します」
「おい!」
力尽くで無理やりドアをこじ開け、89の制止も無視した彼女は、彼の部屋に颯爽と足を踏み入れる。
こいつ、意外と腕力強ぇぞ。寝る前に腕立て伏せでもしてんじゃねぇのか。
「相変わらず雑多な感じね」電子機器に繋がれた配線コードを踏まぬよう、足場を確認しながら彼女は笑った。「貴方らしい」
「冷蔵庫借りるで」パタリと89の部屋の冷蔵庫を開けたゴーストが、「うわ、すっからかん」と驚いた声を上げた。「自分、ちゃんと食っとるんか」
「お前もかよっ!!」ゴーストも一緒な事を今初めて認識する。
「嬢ちゃんに捕まってしもて。ファルはんが休暇で寂しいんやろな〜思て、つい付き合うてしもたわ」
「やあねぇ、ゴーストったら。私、あの人が居なくなってとっても清々しい気分なの。全然寂しくないわ」
二人は和やかに雑談を交わしながら、大量のカップアイスを冷凍庫に押し込んでいる。バニラとチョコミントの二択。どんだけ食う気だよ。
「お菓子とアイス、ラーメンもあるわよ」彼女はよっこいせと89の隣に腰を下ろして、一つ目のチョコミントアイスを手にしては嬉しそうに笑った。「ここは天国ね」
「……もう好きにしろよ」
ウンザリした様子で彼は呟く。
彼女がこの部屋に来てしまっては、もう手の打ちようが無い。89は、彼女の気まぐれに一晩中付き合わされる事を覚悟した。



「ゴースト。このバニラ凄く美味しい」
「ホンマ? 一口くれ」
テレビゲームをする89の両脇で、彼女とゴーストがアイスの試食会を開いている。
彼女は89の後ろで腕を伸ばし、一つ飛ばし隣のゴーストにアイスを掬ったスプーンを差し出した。
「海に捨ててぇ…!」
ちょっと遠くにいる相手に、めいいっぱい手を伸ばして物を渡す時に使える名言。
「シータかよ」89は思わず突っ込んだ。
「お嬢さん……その石をしまってくれんか……わしには強すぎる」ゴーストの嗄れた声。言い終えてからアイスを口に含んでは「めっちゃうま」と目を輝かせる。
「テメェはポム爺さんか」突如としてラピュタ名言劇場を開幕させた二人に挟まれ、勘弁してくれと89は肩を落とす。「マニアックだな、オイ」
何でこいつらは、俺を挟んで変な事ばっかり……
「ズキューン!」ゴーストによる突然の効果音。
「今度は何だよ……」
「その石を大事に持っていろ。小娘の命と引きかえだ」彼女のキリッとした無駄にイケメンな声音。どうやら次の配役はムスカらしい。
「カチッ! カチッ! ズドン。ドカーン!」ゴーストによる効果音。
「再現率半端ねぇな」
「…………」
「…………」
急に黙り込んだ二人に挟まれ、「俺はやらねぇぞ」と89は告げる。
「またまた〜。ジ◯リ好きの血が騒いどるんやろ?」ゴーストがふふと笑みを浮かべる。
「89。素直になりなさい」彼女もにっこりと微笑みを向ける。
「………チッ」
89は盛大に舌打ちをしてから、ゲームのコントローラーを手放し、コホンと咳払いをする。実は結構やりたくてうずうずしていた。
「終点が玉座の間とは上出来じゃないか」
89が口を開く前に、彼女が先手を切って配役を奪う。おいおい、お前がムスカかよ。もうシータしか役残ってねぇよ。パズーはまだ来ねぇしよ……。
「これが玉座ですって?」
89は、止む無くヒロインの声を当てた。
「ここはお墓よ。あなたとわたしの」
精一杯の裏声である。


〜中略〜


「土から離れては生きられないのよ!」裏声を保って踏ん張る89。
「ズキューン!」ゴーストによる効果音。
「ラピュタは滅びぬ。何度でもよみがえるさ……」彼女の無駄なイケボ。
「バルス」ゴーストによる滅びの呪文。
「っおい!!!」シータ役をかなぐり捨てた素の89が、怒りのあまり立ち上がり、ゴーストを怒鳴りつけた。「場面飛ばし過ぎだろ、パズーまだ出てきてねぇぞ! つーか一番美味しい所持って行きやがって!!」
「目が……っ目があぁぁぁ!!」
両目を手で押さえてジタバタしながら引き続きムスカを演じる彼女に、「うるせええ!」と89は声を荒げた。



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